有給休暇の時季変更権【横手統制電話中継所事件】

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横手統制電話中継所事件 事件の概要

会社では、日勤、宿直、宿明のそれぞれの勤務を5日間で繰り返す交替勤務制を採用していて、宿直、宿明、土曜日の午後、日曜日、祝祭日の勤務については、1名のみを配置していました。

従業員が、金曜日と土曜日(の午後)を指定して、その2日前に、年次有給休暇の取得を所長(会社)に請求しました。

所長(会社)は、当時の成田空港反対闘争の現地集会に参加するために、年次有給休暇を請求したと推測して、代替要員を確保すれば年次有給休暇を取得させられるけれども、そこまでする必要はないと判断しました。

そして、土曜日の午後に年次有給休暇を取得すると、配置が0名になって事業の運営に支障が生じることを理由にして、土曜日(の午後)の年次有給休暇については、時季変更権を行使しました。

従業員は、当日は現地集会に参加するつもりでしたが、父が体調不良を訴えたため、結局は現地集会には参加しないで、実家の農作業を手伝って、会社には出勤しませんでした。

会社は、その日は欠勤扱いとして賃金を減額して、更に、無断で欠勤したことを理由にして、就業規則に基づいて懲戒処分(戒告)を行いました。

これに対して従業員が、会社による時季変更権の行使は無効であると主張して、賃金の支払いと懲戒処分(戒告)の無効確認を求めて、会社を提訴しました。

横手統制電話中継所事件 判決の概要

年次有給休暇の権利は、労働基準法第39条第1項第2項の要件を満たすことによって生じる。

従業員が付与された日数の範囲内で年次有給休暇の取得日を指定したときは、会社が時季変更権を行使しない限り、年次有給休暇が成立して、その日の労働義務が消滅する。そこには、会社が年次有給休暇の取得を承認するという考えが入り込む余地はない。

年次有給休暇は労働基準法によって認められた権利であり、従業員に休暇の取得日の選択権が与えられていて、その権利を確実なものとするために付加金刑事罰の制度が設けられている。

このことから、従業員が年次有給休暇の取得日を指定したときは、会社は休暇の取得を妨がないだけではなく、従業員が指定した日に休暇を取得できるように、状況に応じた配慮をすることが求められる。そのような配慮をしないで時季変更権を行使することは、労働基準法の趣旨に反する。

そして、会社に勤務割(シフト表)を決定・変更する権限があるとしても、従業員が労働基準法に基づいて年次有給休暇を請求したときは、結果として制約を受ける場合がある。

従業員が勤務予定日を年次有給休暇の取得日として指定した場合は、会社は従業員が休暇を取得できるように、状況に応じて配慮することが求められる。

仮に、必要とされる代替要員を確保したり、勤務割(シフト表)を変更したりできる状況にもかかわらず、その配慮をしなかったとすると、そのことは、時季変更権を行使するための要件を満たしていたかどうかを判断する際に考慮される。

すなわち、労働基準法第39条第5項の但し書きの「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するかどうかを判断する際に、代替要員確保の難易は判断の要素の1つとなる。

勤務割(シフト表)による勤務体制を採用している職場においても、会社として通常の配慮をすれば、代替要員を確保して勤務割(シフト表)を変更できるにもかかわらず、その配慮をしないで代替要員を配置しなかった場合は、事業の正常な運営を妨げる場合には該当しない。

また、年次有給休暇の利用目的については、労働基準法が関知しないところであって、会社が干渉することは許されない。

どのように利用するかは従業員の自由であるから、代替要員を確保して勤務割(シフト表)を変更できる状況にもかかわらず、年次有給休暇の利用目的によって、配慮をしないで時季変更権を行使することは、利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことになる。

そのような状況における時季変更権の行使は、事業の正常な運営を妨げる場合に該当しないものとして、無効となる。

これを本件に当てはめると、従業員が年次有給休暇の取得日として指定した日は、代替要員を確保できる状況にあった。

しかし、所長は、従業員の休暇の利用目的が成田空港開港に反対する現地集会に参加するためと推測して、代替要員を確保してまで年次有給休暇を取得させる必要はないと判断して、そのための配慮をしなかった。

必要な人員を配置できないことを理由にして、時季変更権を行使したもので、事業の正常な運営を妨げる場合に該当しないことは明らかである。つまり、時季変更権の行使は無効である。

また、従業員による年次有給休暇の取得日の指定については、権利の濫用には当たらないことも明らかである。

解説−有給休暇の時季変更権

会社による時季変更権の行使が有効か無効か争われた裁判例です。

労働基準法(第39条第5項)によって、次のように規定されています。

「使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」

原則的には、従業員が請求した日に有給休暇を与えないといけないけれども、その日に与えると事業の正常な運営を妨げることになる場合は、取得日を変更できることが認められています。

「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するかどうかがポイントになりますが、単純に、その日に年次有給休暇を与えることによって、事業の正常な運営を妨げるかどうかを判定するものではありません。

年次有給休暇は、違反する会社に対して付加金の支払いや罰則が設定されていて、労働基準法の中でも会社に対して強い強制力を持っています。従業員にとっては強力に保護されているということです。

そのような法律上の趣旨から、請求どおり年次有給休暇を取得できるようにするために、代替要員を確保するなど、会社として配慮をすることが求められています。

これを怠っている場合は、「事業の正常な運営を妨げる場合」とは認められません。人員不足を理由にして時季変更権を行使したとしても、人員不足の原因は配慮を怠った会社にあると判断されます。

裁判になったケースでは、代替要員を確保しようとすれば可能であったと判断されて、「事業の正常な運営を妨げる場合」とは認められませんでした。

更に、年次有給休暇の取得理由は、労働基準法では制限されていません。会社が取得理由によって、年次有給休暇の取得を拒否したり、承認したり、対応を変えることは許されません。

この会社では、取得理由を推測して、必要な配慮を怠っていたことも問題になりました。

会社として、従業員が指定した日に年次有給休暇を取得できるように、代替要員を確保するといった配慮(努力)をしたけれども、それが不可能で人員が不足するという状況であれば、「事業の正常な運営を妨げる場合」と認められる可能性が高まります。

代替要員の確保の難易は会社によって違いますが、土日が休日の会社、シフト勤務の会社であっても、従業員が指定した日に年次有給休暇を取得できるように配慮することが求められることは同じです。

「有給休暇の時季変更権」に関して、次のような裁判例があります。
「弘前電報電話局事件(会社の配慮-違法)」
「横手統制電話中継所事件(会社の配慮-違法)」
「電電公社関東電気通信局事件(会社の配慮-適法)」
「高知郵便局事件(時季変更のタイミング)」
「此花電報電話局事件(当日の請求と時季変更)」
「時事通信社事件(長期休暇)」
「国鉄郡山工場事件(争議行為)」
「道立夕張南高校事件(一斉休暇闘争)」
「新潟鉄道郵便局事件(事業の正常な運営を妨げる場合)
「千葉中郵便局事件(欠員の発生)」
「中原郵便局事件(欠員の発生)