有給休暇の時季変更権【新潟鉄道郵便局事件】

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新潟鉄道郵便局事件 事件の概要

鉄道郵便局で鉄道郵便車に乗車して、郵便物の区分、積込み、棚卸し等の業務に従事する乗務員が、年次有給休暇の取得を申請しました。

鉄道郵便局は、その日は定員を欠くことになり、業務に支障が生じることを理由にして、時季変更権を行使したのですが、乗務員は、それに従わないで欠勤しました。

鉄道郵便局は、欠勤を理由として、戒告の懲戒処分を行いました。

これに対して乗務員が、時季変更権の行使は無効であると主張して、懲戒処分の取消しを求めて、鉄道郵便局を提訴しました。

新潟鉄道郵便局事件 判決の概要

原審の判断は、正当として是認することができる。

東京高裁(原審)

年次有給休暇を付与すれば定員を欠く場合に、他の乗務員が互いに助け合って作業能率の向上に努めるとしても、鉄道郵便局が年次有給休暇を付与することは立場上困難である。

なぜなら、鉄道郵便局は定員の算出に当たって、標準作業から9%までなら速度を高められると仮定しているが、定員が3名又は4名の便で1名を欠いて運行すると、郵便物の数量が著しく少ない等の特別の事情がない限り、乗務員は標準作業から9%以上速度を高めなければ、所要の作業を完了できない。鉄道郵便局が乗務員にそのような能率を期待することはできないからである。

本件では、定員を欠いたまま運行したにもかかわらず、未処理や事故が発生したという報告はなく、実際にも未処理や事故がなかったとすると、年次有給休暇の付与によって、事業の正常な運営を妨げるという鉄道郵便局の事前の判断は、事実とは異なると言わざるを得ない。

しかし、この判断の当否は、当時の客観的な状況に照らして合理的に予測される事態に基づいて審査するべきで、事後の事実に基づいて審査するべきではない。

当時は、年次有給休暇を付与して、定員を1名欠いて運行することによって、郵便物の未処理や事故が発生する可能性があり、これを否定するような特別な事情は認められない。

また、定員を欠いたときは未処理が多く生じていた上に、年末年始の繁忙期に次ぐ夏期の繁忙期であったことを考慮すると、その可能性が増すことが予測される。

未処理や事故が発生すると、その事後処理のため乗務員は多大の労力を費やして、郵便物を遅配することになる。このような事態は、郵便事業の使命に照らして事業の正常な運営とは言えない。

したがって、本件の年次有給休暇の付与については、労働基準法第39条第5項但書の所定の事由が存在したと認められる。

解説−有給休暇の時季変更権

従業員が年次有給休暇を請求して、会社が時季変更権を行使したにもかかわらず、従業員はその日に出勤しませんでした。それを理由に、会社が懲戒処分を行って、トラブルになった裁判例です。

労働基準法(第39条第5項)によって、次のように規定されています。

「使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」

“事業の正常な運営を妨げる場合”は、会社は従業員が請求した年次有給休暇の取得日を変更できることが認められています。「時季変更権」と言います。

それで、“事業の正常な運営を妨げる場合”に該当するかどうか、が争点になりました。程度の問題ですので、労使間の考え方に相違が生じて、トラブルになりやすい規定です。

この職場では、その日に年次有給休暇を取得すると、定員を欠いて、未処理や事故が生じる可能性が高く、郵便物の遅配に繋がることを理由にして、時季変更権を行使しました。

しかし、実際には、定員を欠いたまま運行しても、未処理や事故は発生しませんでした。

“事業の正常な運営を妨げる場合”には該当しないと考えられそうですが、たまたま事実がそうであっただけかもしれません。

この裁判では、事後の事実で判断するのではなく、事前の客観的な状況に照らして合理的に予測される事態に基づいて判断することが示されました。

事実として、事業の正常な運営を妨げなかったとしても、事前に、その可能性が高いと考えられる場合は(100%に満たなくても構いません)、“事業の正常な運営を妨げる場合”に該当すると認められます。

この職場では、定員を欠いたまま運行したときは未処理や事故が多く発生していたこと、夏季の繁忙期であったことから、郵便物の遅配に繋がる可能性が高かったとして、時季変更権の行使は有効と判断しました。

仮に、過去に、定員を欠いたまま運行したときに、未処理や事故が発生していなかったとすると、事業の正常な運営を妨げることはないと予測されますので、時季変更権の行使は無効と判断されたと思われます。

なお、定員の不足に注目すると、継続的に最低限の定員で運営している職場では、いつになっても従業員は年次有給休暇を取得できないと思うかもしれません。認められているのは時季変更権ですので、別の日に年次有給休暇を取得できるようにする必要があります。年次有給休暇の請求を拒否し続けることはできません。

「有給休暇の時季変更権」に関して、次のような裁判例があります。
「弘前電報電話局事件(会社の配慮-違法)」
「横手統制電話中継所事件(会社の配慮-違法)」
「電電公社関東電気通信局事件(会社の配慮-適法)」
「高知郵便局事件(時季変更のタイミング)」
「此花電報電話局事件(当日の請求と時季変更)」
「時事通信社事件(長期休暇)」
「国鉄郡山工場事件(争議行為)」
「道立夕張南高校事件(一斉休暇闘争)」
「新潟鉄道郵便局事件(事業の正常な運営を妨げる場合)
「千葉中郵便局事件(欠員の発生)」
「中原郵便局事件(欠員の発生)