有給休暇の時季変更権【此花電報電話局事件】

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此花電報電話局事件 事件の概要

従業員が始業時刻の約20分前に会社に電話をして、出勤していた者に年次有給休暇を請求することを伝えて、当日は出勤しませんでした。

就業規則には「年次有給休暇を請求する場合は、原則として前々日の勤務終了時までに請求するものとする」と定められていました。

所属長は、業務に支障が生じる恐れがあると判断したのですが、休暇を必要とする事情によっては、年次有給休暇を認める場合もあると考えて、本人に休暇の理由を確認しました。

しかし、従業員は休暇の理由を明らかにすることを拒んだため、所属長は年次有給休暇の請求を認めませんでした。会社はその日を欠勤扱いとして、賃金を減額しました。

これに対して従業員が、賃金の支払いを求めて会社を提訴しました。

此花電報電話局事件 判決の概要

年次有給休暇の権利は、労働基準法第39条の要件を満たすことによって、従業員に与えられるもので、従業員が年次有給休暇を取得する場合は会社の承認はいらない。

従業員が時季を指定して年次有給休暇を請求するときに、会社が承認又は不承認と応答することがあるが、これは会社が時季変更権を行使しないこと又は時季変更権を行使することの意思表示と考えられる。

従業員の年次有給休暇の請求(時季指定)が休暇日(当日の始業時刻)の直前に行われたため、会社が時季変更権を行使するかどうかを判断する時間的な余裕がない場合は、休暇日(当日の始業時刻)が始まる前に時季変更権を行使しなかったとしても直ちに不適法とはならない。

客観的に時季変更権を行使できる事由が存在し、かつ、遅滞なく時季変更権を行使した場合は適法なものとして有効と考えられる。

本件においては、従業員が就業規則の規定に反して前々日の勤務終了までに年次有給休暇を請求しなかったため、労働協約の規定に照らして会社において代行者の配置が困難になることが予想され、事業の正常な運営に支障が生じる恐れがあったことが認められる。

それにもかかわらず、所属長は、時季変更権の行使にあたっては、従業員が休暇を必要とする事情を考慮するのが妥当と考えて、従業員から休暇の理由を聴取するために時季変更権の行使を差し控えた。

また、従業員が就業規則の規定どおりに請求できなかった事情を説明するために、休暇を必要とする事情を明らかにすれば、会社は時季変更権を行使しない考えもあったのに、従業員はその事由を明らかにすることを拒んだ。

休暇を必要とする事情を考慮する余地がないことが判明した時点で、会社は遅滞なく時季変更権を行使した。

本件の時季変更権の行使は、休暇日(当日の始業時刻)が経過した後に行われたものであるが、適法なものとして有効である。

なお、会社が時季変更権を行使するかどうかを判断するために、従業員に休暇の利用目的を問いただすことを一般的に認めたものではないこと、従業員が休暇の利用目的を明らかにしないこと又はその明らかにした利用目的が相当でないことを会社が時季変更権を行使する理由とすることを一般的に認めたものでない。

解説−有給休暇の時季変更権

従業員が当日の始業時刻の直前に年次有給休暇を請求して、始業時刻が経過した後に、会社が時季変更権を行使できるかどうかが争われた裁判例です。

年次有給休暇は労働基準法で保障されている権利ですので、従業員が年次有給休暇を取得する際に、会社が「承認する」とか「承認しない」とか言える問題ではありません。

従業員が請求した日に取得できるのですが、例外的に、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って、会社は時季変更権を行使すること(取得日を他の日に変更すること)が認められています。

例えば、従業員が年次有給休暇を取得しようとするときに、周りの従業員が残業をして滞りなく対応できるのであれば、会社は時季変更権を行使できません。また、工場の交替勤務など、一定の人数を揃える必要がある場合は、別の部署から代替要員を配置して対応するケースもあります。

一定の人数を揃える必要がある場合に、従業員が休暇日の直前に請求したり、複数の従業員が同じ日に重なったり、休暇期間が長期に及んだりすると、会社は代替要員を確保することが難しくなります。

この裁判例では、当日の始業時刻の直前に請求していたことから、代替要員を確保できなくて、事業の正常な運営を妨げる場合に該当すると判断しました。

そもそも年次有給休暇は1日単位で取得するものですので、遅くても前日(代替要員の調整を考えると終業時刻)までに請求するべきと考えられています。当日の始業時刻が始まる前であっても、当日(0時)以降の請求は事後請求として、会社は拒否できます。

ただし、急病を理由に休む場合は、当日の請求であっても年次有給休暇の取得を認めている会社が一般的です。この裁判例でも、従業員に取得理由を確認しようとしましたが、本人が明らかにすることを拒否しました。

従業員が前日までに年次有給休暇を請求したときは、従業員に対して取得理由や利用目的を明示させることはできません。

しかし、事後請求(当日以降の請求)に関しては、会社の判断で、年次有給休暇の取得を拒否することができます(認めることもできます)。

したがって、従業員が医療機関のレシートや診察券等を提示したときは、当日の年次有給休暇の請求を認めるという対応も可能です。就業規則にそのように規定しておけば、仮病等の不正な利用を防止できます。

また、特別な事情がなければ、例えば、連続3日以上の年次有給休暇を取得しようとするときは3週間前までに届け出るように就業規則に規定しておくことも考えられます。そうすれば、会社は事前の準備がしやすくなりますし、従業員は時季変更権を行使されにくくなります。

「有給休暇の時季変更権」に関して、次のような裁判例があります。
「弘前電報電話局事件(会社の配慮-違法)」
「横手統制電話中継所事件(会社の配慮-違法)」
「電電公社関東電気通信局事件(会社の配慮-適法)」
「高知郵便局事件(時季変更のタイミング)」
「此花電報電話局事件(当日の請求と時季変更)」
「時事通信社事件(長期休暇)」
「国鉄郡山工場事件(争議行為)」
「道立夕張南高校事件(一斉休暇闘争)」
「新潟鉄道郵便局事件(事業の正常な運営を妨げる場合)
「千葉中郵便局事件(欠員の発生)」
「中原郵便局事件(欠員の発生)