退職時の年次有給休暇の取得|就業規則の規定例

退職時の年次有給休暇の取得

  • 退職届を提出した従業員が、「退職日まで、残っている有給休暇を全部取得する」と言ってきました。会社は認めないといけませんか?
  • 原則としては、従業員が請求したとおり、会社は年次有給休暇の取得を認めないといけません。また、就業規則に、年次有給休暇の取得を制限する規定を設けることはできません。

退職時の年次有給休暇の取得

年次有給休暇の時季変更権

労働基準法(第39条)によって、一定期間、継続勤務をした従業員に対して、会社は年次有給休暇を付与することが義務付けられています。そして、従業員が年次有給休暇を取得したときは、その日の勤務を免除して、賃金を支払わないといけません。

また、従業員が取得日を指定して年次有給休暇を請求したときは、会社はその日に与えることが義務付けられています。ただし、「事業の正常な運営を妨げる場合」は、会社は年次有給休暇の取得日を変更することが認められています。

「年次有給休暇の時季変更権」と言って、就業規則にもこれに関連する記載があると思います。

しかし、退職を目前に控えている場合は、時季変更権を行使することは困難です。例えば、30日分の年次有給休暇が未消化の従業員が、9月15日に、10月末日付で退職を申し出て、10月の所定労働日数が22日あったとします。

この場合に、9月末日に、10月の所定労働日数の全部22日に対して、従業員が年次有給休暇の取得を請求したとします。

年次有給休暇の時季変更権は、取得日を他の日に変更することが認められるもので、取得自体を取り消すことはできません。

退職日以降は所定労働日がありませんので、取得日を変更できる余地がありません。結果的に、会社は時季変更権の行使が不可能になって、従業員の請求を認めざるを得ないということになります。

取得可能日数の比例按分

退職時のまとまった年次有給休暇の取得について、認めたくないと考える経営者が多いです。

例えば、10月1日に20日の年次有給休暇を与えたとすると、10月に取得できる日数は、その12分の1に限定できないか、そのように就業規則に規定できないかと相談されることがあります。

年次有給休暇を取得できる日数を月毎に比例按分して、制限(月毎に取得できる上限日数を設定)できないかということですが、労働基準法上、問題があります。

仮に、10月1日に20日の年次有給休暇を付与したとすると、文字どおり、従業員は10月1日に20日分の年次有給休暇を取得する権利が一括で与えられたことになります。従業員は10月1日以降に20日の年次有給休暇を自由に取得できます。

当事務所で就業規則の診断をしていると、退職時に年次有給休暇をまとめて取得することを禁止したり、退職時に比例按分して年次有給休暇の取得日数に上限を設定している規定を稀に見掛けますが、どちらも違法ですので、注意してください。

従業員との交渉

年次有給休暇の取得の申出を会社が拒否することはできませんので、年次有給休暇の取得を取り消す場合は、会社から説得をして、本人から同意を得る必要があります。

引継ぎをしてもらうために、会社から年次有給休暇の買取りを提案して、年次有給休暇の一部の申出を撤回してもらったり、退職日を前倒ししたりすることが考えられます。

なお、年次有給休暇の買取り金額は、労使間の個別の合意によりますので、いくらでも(1日分の賃金、0.5日分の賃金、5,000円等でも)構いません。

交渉の結果、従業員から同意が得られなかった場合は、当初の請求のとおり、年次有給休暇の取得を認めないといけません。

また、就業規則で退職時の引継ぎを義務付けている場合は、就業規則を示して引継ぎを命じることができます。引継ぎの命令に応じない場合は、就業規則に基づいて、譴責や出勤停止といった懲戒処分を行えます。

しかし、法律を遵守している会社は別ですが、そうでない場合は、会社が懲戒処分を行ったり、無理強いをすると、サービス残業など別の問題が表面化する可能性がありますので注意してください。

引継ぎを十分に行う必要がある場合は、従業員の同意を得て、退職日を後倒しすることも考えられます。

退職時に年次有給休暇を取得する原因と対策

会社としては、「退職月に1日も出勤しない従業員に、1ヶ月分の賃金を支払うのは納得できない」と憤る気持ちは理解できます。

しかし、従業員の立場で考えると、「これまで病気以外で年次有給休暇を取得しないで、何年も何十日分も未消化のまま無効にしてきたから、最後ぐらい良いだろう」と思っているのではないでしょうか。

退職時にまとまった年次有給休暇を請求されて困ったという会社の多くは、年次有給休暇の取得率が低くて、年次有給休暇を取得できなかったことに対する反動のように感じます。長い目で見ると、それで帳尻が合っているのではないでしょうか。

年次有給休暇の取得率が5割に満たない場合は、年次有給休暇を取得しやすい職場環境を整備するようお勧めいたします。そうすれば、退職時にまとめて年次有給休暇を取得しようとする従業員は減ると思います。


執筆者 社会保険労務士 木下貴雄
2002年にキノシタ社会保険労務士事務所を開業し、就業規則を専門として、業務に取り組んできました。現在は、メールによるサービスの提供に特化して、日本全国の中小零細企業のサポートを行っています。

年次有給休暇について