懲役6ヶ月or罰金30万円【小島撚糸事件】

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日本衡器工業事件 事件の概要

会社の経営が悪化して、一定期日に賃金を支払えなかったため、「賃金は、毎月1回以上一定の期日を定めて支払わなければならない」と規定している労働基準法第24条第2項に違反しました。

この違反により、会社は、未払いの従業員1人ごとに労働基準法第120条第1号の罰金が科されました。また、法人である会社に加えて、会社の代表者個人についても、労働基準法第121条第1項の代理人に該当するものとして、罰金が科されました。

会社及び代表者は、従業員1人ごとに罰金が科されるのではなく、まとめて1件の罰金となること、及び、会社の代表者は代理人に該当しないと主張して、処罰の取消しを求めて提訴しました。

日本衡器工業事件 判決の概要

労働基準法第24条第2項の違反の罪は、その犯意が単一と認められないときは、賃金を支払わなかった従業員1人ごとに違反の犯意が形成される。また、会社の代表者は、労働基準法第121条の代理人に含まれるとした原審の判断は正当である。

東京高裁(原審)

会社及び代表者は、労働基準法第24条第2項の違反は、賃金を支払わなかった従業員1人ごとに犯罪が成立するのでなく、多数の従業員に対する不払いは単一の犯意に基づく1個の違反に過ぎないと主張する。

しかし、多数の従業員に賃金を支払わなかったことの犯意は、賃金を支払わなかった従業員1人ごとに生じる。

特に本件においては、6名の従業員に対して一定期日に賃金を支払わなかった一方で、他の2名の従業員には一定期日に賃金を支払っていた。

同じ工場で同じ条件で勤務している従業員でありながら、賃金を支払う者と支払わない者の差異があることから、個々の従業員ごとに一定期日に賃金を支払わないという犯意があったと認められる。多数の従業員に対する不払いであったとしても、包括的な単一の犯意と認めることはできない。

また、労働基準法第24条第2項の違反に対する刑は罰金5,000円(これは昭和30年頃の裁判で、現在は30万円)に過ぎないが、違反は多数の従業員を雇用している企業でも発生し得る。

もし、大企業で計画的な賃金の不払が集団的に発生した場合であっても、単一の犯意による犯行とすると、罰金5,000円を科すことになり、違反行為の情状と刑罰の重さが釣り合わない。労働基準法が、そのような不合理な刑を規定したと考えることはできない。

したがって、一定期日に賃金を支払うことを義務付けている労働基準法第24条第2項違反の犯罪は、その犯意が単一と認められないときは、賃金を支払わなかった従業員1人ごとに違反の犯意が形成されるものと考えられる。

次に、会社及び代表者は、労働基準法第121条を根拠として、会社及び代表者の双方を処罰したことは違法であると主張する。

労働基準法第121条は、「この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する」と規定している。

これを文字通り解釈すると、会社の代表者は「代理人、使用人その他の従業者」に該当しないから、会社の代表者の違反行為について、会社を処罰できるかどうか明らかではない。

しかし、労働基準法第121条は、いわゆる両罰規定として、行為者の他にも事業主を処罰して、もし、事業主が法人であれば法人を処罰することを定めたものである。

法人の「代理人、使用人その他の従業者」による違反行為に対して、法人を処罰するにもかかわらず、それ以上に法人と関係の深い代表者の違反行為に対して、法人を処罰しないのは不合理である。

労働基準法第121条が単に「代理人、使用人その他の従業者」として、代表者が規定されていないとしても、法人の代表者は代理人に含まれると解釈するべきである。

したがって、会社の代表者による違反行為については、行為者として代表者に対して罰金刑を科すと共に、会社に対しても罰金刑を科すことができる。

解説−罰金30万円

会社の経営が悪化して賃金を支払えない状態になり、賃金の一定期日払いの違反をして、罰金が科されました。このときの処罰が1件の犯罪ではなく、未払いの従業員1人につき1件の犯罪(6件の罰金刑)として取り扱われた上に、会社とその代表者の双方に対して罰金が科されたことから、裁判になったケースです。

賃金の一定期日払いについては、労働基準法第24条第2項によって、「賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」と規定されています

これに違反したときは、労働基準法第120条によって、「次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する」と規定されて、その中で第24条第2項が挙げられています。

例えば、会社が6名の従業員に賃金を支払わなかったときに、1件の犯罪(=30万円の罰金)とするのか、6件の犯罪(=180万円の罰金)とするのか、どちらも考えられそうです。

この裁判では、犯意が単一の場合は1件の犯罪と認められるけれども、そうでない場合は1人ごとに(6件の)犯罪が成立することが示されました。また、大企業において、数百人、数千人規模で賃金の不払いをしたときに、30万円の罰金では、違反行為の重大さと釣り合わないことも理由として挙げました。

この会社では、他の2名の従業員には一定期日に適正に賃金を支払っていたことから、従業員ごとに支払うか・支払わないかを個別に検討していたことが指摘されて、従業員ごとに犯意が成立すると判断されました。

そして、労働基準法第121条によって、「この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する」と規定されています

また、労働基準法第10条によって、「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と規定されています

両罰規定と呼ばれる制度で、例えば、会社の総務部長が自らの判断で割増賃金を支払わなかったときは、違反行為をした総務部長が使用者として罰則が科された上に、事業主である会社も罰則(罰金刑)が科されます。

会社の総務部長は一般的に労働者ですので、会社と雇用契約を締結している「使用人その他の従業者」に該当します。

一方、会社の代表取締役が違反行為をしたときは、代表取締役は使用者として罰則が科されます。ここまでは同じですが、会社の代表取締役は労働者ではありませんので、文字通り解釈すると、「代理人、使用人その他の従業者」のどれにも該当しません。そうなると、事業主である会社は罰則の対象外になります。

そこで、裁判所は、労働者の違反行為に対して、会社を処罰するにもかかわらず、それ以上に会社と関係が深い代表取締役の違反行為に対して、会社を処罰しないのは不合理であると判断しました。言われてみれば納得できますが、それを規定していないことは問題があるように思います。

労働基準法から分離・独立した最低賃金法では、「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、前三条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても各本条の罰金刑を科する」と規定して、法人の代表者も両罰規定の対象者に含むことが明示されています。

また、労働安全衛生法でも同様に、「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、第116条、第117条、第119条又は第120条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する」と規定されています。

なお、代表権のない取締役についても、「代理人、使用人その他の従業者」に該当すると考えられます。