残業手当【小里機材事件】

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小里機材事件 事件の概要

1日の所定労働時間を7時間30分として、これを超えた時間に対して、会社は割増賃金を支払うこととしていました。

しかし、割増賃金の1時間当たりの単価は基本給のみで算定し、住宅手当、皆勤手当、乗車手当、役付手当は含めていませんでした。

また、月15時間分の時間外労働に対する割増賃金を上乗せして基本給を決定していたことを理由にして、会社は午後7時を超えて勤務した場合にだけ、割増賃金を支払っていました。

これに対して従業員が、労働基準法で定められている方法で割増賃金を計算し直して差額を支払うこと、及び、付加金の支払いを求めて、会社を提訴しました。

最高裁判所は、東京高等裁判所の判断をそのまま支持しました。その東京高等裁判所においても同様に、東京地方裁判所の判断をそのまま支持していました。東京地方裁判所の判決の概要を、以下に記します。

小里機材事件 判決の概要

労働基準法第37条第1項は、会社が従業員に、時間外労働、休日労働、深夜労働をさせた場合に、通常の賃金の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払うことを義務付けている。

また、労働基準法第37条第5項と労働基準法施行規則第21条により、

  1. 家族手当
  2. 通勤手当
  3. 別居手当
  4. 女教育手当
  5. 臨時に支払われた賃金
  6. 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金

については、割増賃金の計算の基礎から除外することが認められている。

割増賃金は、労働基準法が規定する労働時間と休日の趣旨を維持して、同時に、過重な労働に対して補償を行わせることを目的とするものである。

6項目の除外賃金は制限的に列挙されているもので、これらに該当するかどうかは名目ではなく、実質に基づいて判断される。

本件の住宅手当は、住民票上の世帯主である従業員に対して、扶養家族の有無や人数に関係なく、一律に月額5,000円が支払われていた。このような住宅手当は、労働基準法第37条第5項の家族手当に該当しない。また、他の除外賃金にも該当しない。

本件の皆勤手当、乗車手当、役付手当は、いずれも除外賃金に該当しないことは明らかである。

時間外労働に対する割増賃金について、仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意があったとしても、基本給のうち割増賃金に相当する部分が明確に区分されていて、かつ、労働基準法で定められた計算方法で算出した額がその額を上回るときは差額を支払っていなければならない。

基本給のうち割増賃金に相当する部分が明確に区分されていないことから、会社の主張は認められない。

したがって、時間外労働に対する割増賃金は、基本給の全額及び住宅手当、皆勤手当、乗車手当、役付手当を計算の基礎として単価を算出し、時間外労働の全ての時間数に対して支払わなければならない。

以上のとおり、会社は労働基準法第37条に違反して、割増賃金の一部を支払わなかった。諸事情を考慮すると、当裁判所は会社に対して、労働基準法第37条に違反した未払いの割増賃金と同一額の付加金の支払を命じる。

解説−残業手当

割増賃金の支払いに関する裁判例で、@諸手当を割増賃金の計算の基礎となる賃金から除外できるか、A月15時間分の残業時間に対する割増賃金を含めて基本給を支払うことができるか、という2点が争点になったものです。

この会社では、割増賃金(残業手当)の計算の基礎となる賃金は基本給のみで計算していて、住宅手当、皆勤手当、乗車手当、役付手当を除外していました。

労働基準法では、割増賃金の計算の基礎から除外できる賃金(手当)が7項目列挙されていますが、これらは例示的に列挙されたものではなく、限定的に列挙されたものであることが示されました。

したがって、福利厚生の目的で支給する手当(賃金)であっても、7項目のいずれかに該当しなければ、除外することは許されません。なお、この裁判が行われた当時は、住宅手当は除外賃金に挙げられていませんでしたが、現在は住宅手当が追加されて、除外賃金は7項目になっています。

また、除外賃金に該当するかどうかは、手当(賃金)の名称ではなく、実質で判断されることが示されました。

例えば、名称が家族手当であったとしても、扶養家族の人数に関係なく支給額を決定している場合は、除外賃金に該当しないと判断されます。家族手当であれば、扶養家族の人数に応じて、支給額を変動させる必要があります。

次に、ここ数年、割増賃金(残業手当)を一定額で支払う会社が増えています。

残業手当の未払いが問題になっているけれども、今支払っている給与に残業手当を加算して支払うことが難しい中小零細企業で、基本給の一部を残業手当に振り替えて支払うケースがあります。しかし、この裁判で訴えられた会社のように、労働基準法の要件をクリアできていない会社は多いです。

万一、従業員に訴えられると、付加金(不払い額と同額の割増賃金=2倍の割増賃金)の支払いを求められる可能性が高いです。会社が一方的に、「月15時間の残業時間に対する残業手当を基本給に含めて支払っている」と言っても、それだけでは認められる可能性はゼロです。

労働基準法は労働条件の最低基準を定めた法律ですので、労働基準法で定められている計算方法で割増賃金(残業手当)を算出して、それを上回る金額を割増賃金(残業手当)として支払うことは可能です。

つまり、残業手当を毎月一定額で支払って、実際の残業時間に基づいて計算した割増賃金(残業手当)の額の方が低額になっていれば、労働基準法上、問題はありません。

反対に、実際の残業時間に基づいて計算した割増賃金(残業手当)の額の方が高額になったときは、一定額との差額を支払う義務があります。

これを明らかにするために、具体的な金額を入れて例示すると、

  1. 基本給24万円のうち、5万円は残業手当として支払う
  2. 実際の残業時間に基づいて割増賃金の額を算出して、5万円を超えたときは差額を支払う
  3. 上記2点について、本人から同意(同意書に署名又は押印)をもらう
  4. 就業規則(賃金規程)に、基本給には残業手当を含むこと、差額を支払うことを記載する

という要件をクリアする必要があります。

一定額で残業手当を支払うこととする場合は、差額を適正に支払っていること(差額を支払う用意をしていること)が一番のポイントになります。必ず、毎月、差額が生じていないか確認をしないといけません。

「月15時間分の残業時間」など、残業時間だけを決めているケースがありますが、それだけでは不十分です。割増賃金(残業手当)相当分は、“具体的な金額”で区別しないといけません。そうしないと、差額の計算ができません。

そして、昇給したときは、残業手当の相当額も変動するはずですので、その都度、本人から同意(同意書に署名又は押印)をもらう必要があります。

ところで、基本給に残業手当相当分を含める方法で説明してきましたが、この場合は、計算(区別)が曖昧になりやすいです。

とするより、

とした方が明確に区別できて良いと思います。固定残業手当の名称は何でも構いません。

また、賃金に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項ですので、就業規則(賃金規程)には固定残業手当の制度の内容を記載する必要があります。