労働基準法と就業規則に基づいた対応が困難
労働基準法と就業規則に基づいた対応が困難
- 就業規則を作成しても、会社が労働基準法を遵守して、就業規則に基づいた対応をすることは難しいです。どうすれば良いでしょうか?
- 適法にするために、採用時の賃金の見直し、賞与の減額、定額残業手当の支払いなど、いくつかの方法が考えられます。
労働基準法と就業規則に基づいた対応が困難
対応が困難な理由
労働基準法は、労働条件の最低基準を定めた法律です。就業規則を作成する場合は、労働基準法の最低基準をクリアした内容で定める必要があります。しかし、就業規則を作成しようと思っても、労働基準法を遵守することが難しい会社があります。
就業規則を作成しても、作成しなくても、違法状態を永久に続けることは多分不可能です。労働基準監督署から是正勧告を受けたりして、短期間で強制的に法令違反を是正させられるより、会社のペースで是正する方が負担を調整しながら進められます。
そして、労働基準法の中でも、次の2つの事項が会社にとっては負担が大きくて、対応が難しいようです。
- 残業手当(割増賃金)を支払えない
- 年次有給休暇を与えられない
このような会社は、そもそも、
- 残業手当(割増賃金)を支払うことを前提に考えていない
- 年次有給休暇を与えることを前提に考えていない
このような状態で、採用時の賃金額を決定していることが原因と推測されます。求人の募集をするときに、「他社と比べて見劣りするから」、「賃金が低いと応募が集まらないから」という理由で、無理に高い賃金額を設定すると、後になって困ってしまいます。
労働基準法と就業規則に基づいた対応が可能になるように、3つの対策を紹介します。
対策1「採用時の賃金を見直す」
まず、1つ目の対策は、次の採用から、残業手当(割増賃金)を支払うこと、年次有給休暇を与えることを前提にして、基本給等の賃金額を決定することです。
残業手当を含めた1ヶ月の賃金総額を設定して、1ヶ月につき○時間の残業をして、1ヶ月につき○日の年次有給休暇を取得すると仮定して、それから逆算して基本給等の賃金額を決定します。
見直しの前後で、従業員の立場で考えるとどうでしょうか。
- 【見直し前】基本給が高いけれども、サービス残業をさせられて、年次有給休暇が取れない
- 【見直し後】基本給が低いけれども、残業手当が支払われて、年次有給休暇を取得できる
見直しの前後で、支給される賃金総額は同じでも、一方は法律違反をしている会社、一方は法律を遵守している会社です。会社に対する信頼感が異なりますので、仕事に対するモチベーションにも影響して、将来の業績にも差が生じるのではないでしょうか。
従業員を募集するときに、採用時の賃金(基本給等)を低く設定すると、応募者が減って、採用するまで時間が掛かるかもしれません。
しかし、入社して誠実な会社と分かれば離職率は低く抑えられます。長期的に見ると、賃金(基本給等)を低く設定して法律を遵守する方が、会社にとってはメリットが大きいと思います。
この対策は、次回以降に採用する従業員に適用するものですが、既に在籍している従業員については、賃金を減額することは難しいので、昇給額を抑えて、残業手当の支払いを前提とした基本給に徐々に近付ける方法が考えられます。
対策2「賞与を減額する」
2つ目の対策は、賞与を原資として、残業手当(割増賃金)の支払いと年次有給休暇の付与を実現する方法です。
残業手当は支払っていないけれども、賞与は支払っているという会社があります。残業手当(割増賃金)の支払は労働基準法で義務付けられていますので、残業手当を支払わないと労働基準法違反になりますが、賞与を支払わなくても労働基準法違反にはなりません。
どちらを優先するべきかは言うまでもありません。賞与の支給額と残業手当の支給額の比較になりますが、賞与の方が高額であれば、年間の人件費の総額を維持したまま、労働基準法をクリアできます。支給の名目を振り替えるだけですので、会社の負担は増えません。
また、労働基準法によって、従業員が年次有給休暇の取得日を指定して請求したときは、原則的には、会社は拒否できません。
従業員が年次有給休暇を取得することによって、周りの従業員が時間外労働や休日労働を行ったりすると、追加で人件費が発生します。賞与を減額して、発生した人件費に充当します。
なお、労働基準法(第136条)によって、「有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない」と規定されています。
例えば、従業員ごとに年次有給休暇の取得日数に応じて、1日につき1万円の賞与を減額するというような取扱いは問題があります。
年次有給休暇を取得したという事実を含めて、賞与の支給対象期間の貢献度等を評価して、支給額を決定するという方法であれば、問題はありません。
なお、以上については、賞与の支給額を予め約束していない場合に限られます。就業規則や雇用契約書等で、基本給の○ヶ月分や○万円など、賞与の支給額を具体的に約束している場合は、その約束した額の賞与を支払わないといけません。
対策3「定額残業手当を支払う」
3つ目の対策は、残業手当を定額で支払うという方法です。例えば、基本給として25万円を支払っている場合に、基本給を20万円に減額して、定額残業手当を新設して5万円を支給するといった方法です。
ただし、最大のポイントですが、この場合は、労働条件を不利益に変更することになりますので、会社から制度の内容について、丁寧に説明をして、従業員から個別に同意を得ることが条件になります。同意をしなかった者については、適用できません。
また、就業規則(賃金規程)にも、定額で割増賃金を支払うことについて、記載する必要があります。なお、具体的な金額は、本人に交付する雇用契約書や賃金通知書(同意書)で明示しますので、就業規則には具体的な金額を明示する必要はありません。
そして、例えば、定額残業手当の額が5万円で、実際の残業時間に基づいて計算した残業手当(割増賃金)の額が6万円だったとすると、差額の1万円を追加して支払わないといけません。
このようにすれば残業手当の支払を抑制できて、見掛け上は就業規則(労働基準法)を守ることができます。
ただし、この方法は複雑で、もし、否定されると会社が受けるダメージが大きいので、導入する場合は、専門家の社会保険労務士のサポートを受けてください。
また、この方法は、会社にとっては都合の良い制度ですが、従業員にとっては「サービス残業ではないか?」という不満を持たれて、信頼関係を損なう恐れがありますので、当事務所ではお勧めしていません。
賞与をゼロにしたり、経費を削減したりしても、どうしても残業手当が支払えない場合の最後の手段として、労働基準法を遵守するために仕方なく導入するもの考えた方が良いです。
執筆者 社会保険労務士 木下貴雄
2002年にキノシタ社会保険労務士事務所を開業し、就業規則を専門として、業務に取り組んできました。現在は、メールによるサービスの提供に特化して、日本全国の中小零細企業のサポートを行っています。