労使慣行と就業規則の関係

労使慣行と就業規則の関係

  • 会社が就業規則の記載内容と異なる取扱いをしていると、実際の取扱いの方が優先されるのでしょうか?
  • 実際の取扱いが労使慣行として成立している場合は、就業規則より実際の取扱いの方が優先されます。

労使慣行と就業規則の関係

就業規則がある場合に、会社が就業規則の記載内容と異なる取扱いを長期間繰り返していると、いつもの取扱いの方が優先されることがあります。

例えば、就業規則(賃金規程)に、従業員が遅刻をしたときは遅刻した時間分の賃金を減額すると記載しているけれども、実際には10分程度の遅刻は黙認して賃金を減額していなかった場合です。

賃金を減額しない取扱いを繰り返していると、それが事実上の制度とみなされて、就業規則の記載内容が無効になって、実際の取扱いの方が優先されます。そのような取扱いを「労使慣行」と言います。要するに、労使慣行が実質的な就業規則になります。

減額しない取扱いが労使慣行と認められると、10分程度の遅刻は賃金を減額しないことがルールになって、就業規則(賃金規程)に基づいて賃金を減額できないようになります。

ただし、労使慣行が成立するためには、次の3つの条件を全て満たしている必要があります。

  1. その取扱いが、長期間に渡って繰り返されている
  2. 従業員が、その取扱いを承知している
  3. 会社が、その取扱いを守るべきルールと思っている

どれか1つでも条件を欠いている場合は、労使慣行とは認められません。

ただし、全ての条件を満たしていたとしても、法律に違反する取扱いは、労使慣行とは認められません。労働基準法等の法律が優先して適用されます。

例えば、30分未満の残業時間を切り捨てて、割増賃金を計算しているような場合です。労働基準法上は、残業時間は1分単位で計算して割増賃金を支払うことが義務付けられていますので、30分未満の残業時間を切り捨てる取扱いが、労使慣行として成立することはありません。

そして、これまでは、遅刻は数ヶ月に1回で本人も反省していたことから、会社は黙認して賃金を減額していなかったとします。しかし、それを当然と考えて遅刻を繰り返す従業員が現れると、職場の秩序が乱れますので、会社として見過ごすことはできません。

その取扱いが労使慣行として成立している場合は、事前に従業員に説明をしないまま、賃金を減額しても、認められない可能性があります。労使慣行を改める場合は、手順を踏む必要があります。

労使慣行が成立する条件として、「会社が、その取扱いを守るべきルールと思っている」とありましたが、まずはこれを否定します。

今後は就業規則(賃金規程)に基づいて、1分でも遅刻をしたときは、遅刻した時間分の賃金を減額することを従業員に説明します。これで労使慣行が成立する要件を満たさないことになります。

なお、従業員から理解が得られるように、取扱いを変更することになった経緯や理由を従業員に説明するべきです。また、取扱いを改める内容によっては、一定の猶予期間を設定することも考えられます。

また、遅刻を繰り返す従業員が現れた場合は、賃金を減額する方法とは別に、懲戒の事由に該当すると思いますので、就業規則に基づいて懲戒処分を行うことも考えられます。

そして、労使慣行を改める場合は、就業規則を確認する必要があります。就業規則に基づいた内容に改める場合は、就業規則を変更する必要はありません。

一方、就業規則を変更する必要がある場合は、就業規則の不利益変更の要件をクリアしながら進めることになります。


執筆者 社会保険労務士 木下貴雄
2002年にキノシタ社会保険労務士事務所を開業し、就業規則を専門として、業務に取り組んできました。現在は、メールによるサービスの提供に特化して、日本全国の中小零細企業のサポートを行っています。

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