解雇制限【東芝事件(うつ病・解雇)】
東芝事件(うつ病・解雇) 事件の概要
技術者として勤務していた従業員がプロジェクトのリーダーに任命されて、休日出勤や深夜勤務をする機会が増えました。従業員は体調が悪化して、不眠症や神経症と診断されたため、上司に業務の軽減を申し入れましたが、応じてもらえない状態がしばらく続きました。
従業員は、うつ病を発症して休職しました。休職期間が満了しても職場に復帰できなかったため、会社は従業員を解雇しました。
これに対して従業員は、うつ病は過重な業務が原因で発症したもので、解雇は無効であると主張して、雇用契約上の地位の確認、解雇日以後の賃金の支払、安全配慮義務違反による損害賠償等を求めて、会社を提訴しました。
これと並行して、従業員は、うつ病による休業期間について、労働基準監督署に労災保険の休業補償給付を請求したのですが、労働基準監督署は休業補償給付の支給を認めませんでした。
従業員は、不支給処分の取消しを求めて裁判所に訴えを提起したところ、裁判所は、うつ病には業務起因性が認められるとして、不支給処分を取り消す判決を下しました。
東芝事件(うつ病・解雇) 判決の概要
従業員は、プロジェクトのリーダーに任命されて、相応の精神的な負荷を伴う職責を担うことになった。それに加えて、
- 業務の期限や日程が短縮されて、上司から厳しい督促や指示を受けたが、助言や援助は受けられなかった
- プロジェクトの人員を減らされた
- 過去に経験したことがない複数の業務を新たに命じられた
など、負担が更に増大した。これらの一連の経緯や状況から、従業員の業務の負担は相当過重なものであったと推測される。
この過程において、従業員は、神経科への通院や病名など自らのメンタルヘルスに関する情報について、会社に申告していなかった。これはプライバシーに属する情報で、人事考課等に影響することを心配して、会社に知らせないまま勤務することも想定される。
会社は従業員から申告がなくても、労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている。
従業員にとって過重な業務が続く中で、会社が体調の悪化を察知したときは、メンタルヘルスに関する情報について、本人から積極的に申告されないことを前提として、必要に応じて業務の負担を軽減するなど、従業員の心身の健康に配慮するよう努める必要がある。
本件においては、過重な業務が続く中で、
- 従業員は、時間外労働が一定時間を超過した者に対する健康診断において、自覚症状として、頭痛、めまい、不眠等を申告していた
- 同僚から見ても体調が悪く、仕事を円滑に行えるようには見えなかった
- 頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で、相当の日数の欠勤(1週間以上を含む)を繰り返して、予定していた重要な会議を欠席した
- 上司に対して、それまでしたことのない業務の軽減を申し出た
- 従業員の健康管理について、会社に勧告し得る立場の産業医に対して、定期健康診断の問診時に、気が重くて憂鬱になるなど、多数の項目の症状を申告していた
このように従業員は、体調不良を会社に伝えて、欠勤を繰り返したり、業務の軽減を申し出たりしていたことから、会社としては、過重な業務によって体調が悪化していることを認識できる状況で、従業員の業務を軽減したりすることは可能であった。
これらの事情を考慮すると、会社が適切な措置を怠り、従業員のうつ病が発症・悪化したことについて、従業員が会社にメンタルヘルスに関する情報を申告しなかったことを重視するのは相当ではない。
したがって、会社が安全配慮義務違反に基づく損害賠償として、賠償額を決定する際に、従業員がメンタルヘルスに関する情報を会社に申告しなかったことを理由として、民法第418条又は第722条第2項の規定による過失相殺をすることは認められない。
解説−解雇制限
従業員が、うつ病が原因で休職をして、休職期間が満了しても復職できなかったため、会社は従業員を解雇しました。従業員は、うつ病を発症する前から通院をしてメンタルヘルスの不調を自覚していたのですが、そのことを会社に申告していませんでした。解雇が有効か無効か、及び、損害賠償額の過失相殺について、争われた裁判例です。
業務が原因で うつ病を発症した場合は、労働基準法(第19条)によって、療養のために休業している期間及びその後30日間は、解雇が制限(禁止)されています。この裁判では、過重な業務が原因で、うつ病を発症・悪化したものとして、解雇は違法・無効と判断しました。
なお、就業規則に基づいて、休職期間の満了による“退職”として処理をしても、業務上の傷病の場合は、法律的には“解雇”として取り扱われて、同時に解雇は無効になります。仮に、退職(や解雇)が認められるとすると、労働基準法の解雇制限の規定が無意味なものになってしまいます。
また、会社には安全配慮義務がありますので、過重な業務が原因で、従業員の健康状態が悪化していることを察知したときは、それ以上悪化しないよう配慮して、会社は業務の負担を軽減するなど、適切な対応をする必要があります。これを怠った場合は、会社は損害賠償責任を負います。
この場合に、損害賠償を請求する側(従業員)に過失があったと認められると、過失の割合に応じて、損害賠償額が相殺されます。
民法(第418条)によって、「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」と規定されています。
また、民法(第722条第2項)によって、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と規定されています。
この裁判では、従業員はうつ病を発症する前から通院をして、メンタルヘルスの不調を自覚していたのですが、それを会社に申告していなかったことが、過失として、損害賠償の額を決定する際に相殺できるのかどうかが争点になりました。
原審の東京高裁は、過失相殺を認めて損害額から2割を減額することが相当であると判断しましたが、最高裁は、メンタルヘルスの不調はプライバシーに属する情報で、会社に申告しないことも想定されるとして、従業員の過失(損害賠償額の過失相殺)を認めませんでした。
「もっと早く会社に相談してもらえたら、うつ病は発症しなかったかもしれないのに」という状況であっても、従業員からの申告や相談は期待できません。
会社としては、従業員から申告や相談がなくても、心身の健康を損なうことがないように配慮をする義務(安全配慮義務)がありますので、従業員の体調の悪化に気付いたときは、会社が積極的に業務を軽減するなどの措置をとることが求められます。
ところで、当初は、労働基準監督署が休業補償給付の支給を認めなかったため、会社も業務外の傷病であると判断したのかもしれません。
労災認定の過程で、会社が必要な情報を隠したりしていると(隠していないとしても)、労働基準監督署が間違った判断をして、それが後になって覆される可能性があるということは、心に留めておくべきでしょう。