産前の休業【日本シェーリング事件】

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日本シェーリング事件 事件の概要

会社は、経営状況が良好でないことの一因が従業員の稼働状況にあると考えて、稼働率を向上させるために、稼働率が80%以下の者を賃上げの対象から除外することとして、労働組合に受諾するよう求めました。

会社と労働組合が、賃金の引上げに関する交渉を行い、この80%条項を含む協定を締結しました。

その後、会社は、80%条項の稼働率を算定する際に、欠勤、遅刻、早退の他にも、年次有給休暇、生理休暇、慶弔休暇、産前産後休業、育児時間、労働災害による休業通院、組合活動に関する休暇を不就労に当たるものとして計算しました。

この算定により、前年の稼働率が80%以下の従業員を賃上げの対象から除外して、これに対応する夏季賞与、冬季賞与、退職金を支払いませんでした。

これらの支払いを求めて、従業員が会社を提訴しました。

日本シェーリング事件 判決の概要

従業員の稼働率の低下を防止するために、稼働率が低い者に経済的利益を得られないようにする制度は、一応の経済的合理性がある。

この制度が、労働基準法上の権利に基づかないものを不就労として稼働率を算定するものである場合は、違法とすべきではない。

一方、この制度が、労働基準法上の権利に基づくものを不就労として稼働率を算定するものである場合は、基準となっている稼働率との関連において、この制度が、労働基準法上の権利を行使することにより経済的利益を得られないようにすることによって、権利の行使を抑制し、権利を保障した労働基準法の趣旨を実質的に失わせるときは、公序に反するものとして無効となる。

これを本件80%条項についてみると、稼働率の算定の基礎となる不就労には、従業員の都合によるものだけではなく、労働基準法上の権利に基づくものも含まれている。

また、本件80%条項に該当した者に除外される賃金の引上げには、ベースアップ分も含まれている。しかも、賃金の引上げは基本給が基礎となることから、一旦賃金の引上げの対象から除外されて生じた不利益は後続年度の賃金において残存し続ける。

その結果、退職金の金額にも影響するものであることから、本件80%条項に該当した者が受ける経済的不利益は大きなものである。

また、本件80%条項において基準となっている80%という稼働率の数値からみて、従業員が、産前産後休業や労働災害による休業など、比較的長期間の不就労を余儀なくされた場合は、それだけで本件80%条項に該当し、翌年度の賃金引上げの対象者から除外されることが十分考えられる。

以上により、本件80%条項は、一般的に労働基準法上の権利の行使をなるべく差し控えようと考えさせるもので、その権利の行使に対する事実上の抑制力は相当強いものである。

したがって、本件80%条項において、労働基準法上の権利に基づくものを不就労として稼働率を算定している点は、労働基準法上の権利を行使することにより経済的利益を得られないようにすることによって、権利の行使を抑制し、ひいては、従業員に権利を保障した労働基準法の趣旨を実質的に失わせるものであるから、公序に反し無効である。

しかし、本件80%条項の締結に至るまでの会社と労働組合の交渉経過等に照らすと、本件80%条項のうち、労働基準法上の権利に基づくものを不就労として稼働率を算定している点について効力が否定されたとしても、それ以外の部分の効力を認めることは、労使双方の意思に反しない。

つまり、本件80%条項は、労働基準法上の権利に基づかないものを不就労として稼働率を算定するものである場合は、その効力を否定すべきではない。

また、本件80%条項は、賃金引上げの対象者から例外的に除外する者を定めたものであって、賃金引上げに関する協定における賃金引上げの根拠条項と不可分一体のものではないから、本件80%条項が一部無効であるとしても、賃金引上げの根拠条項の効力には影響を及ぼさない。

解説−産前の休業

前年の稼働率(出勤率)が80%以下の従業員については翌年度の賃金を引き上げないとする協定が、有効か無効か争われた裁判です。

この会社では、労働基準法で定められている産前産後休業や年次有給休暇の期間も不就労として計算していたのですが、不利益の程度が大きいため、その部分は無効と判断されました。

もし、これが有効と認められると、産前産後休業や年次有給休暇を取得する従業員がいなくなってしまいますので、労働基準法で産前産後休業や年次有給休暇が定められている趣旨を失わせることになります。

ただし、労働基準法などの法律で定められていない、従業員の都合による欠勤や遅刻、早退については不就労として計算し、前年度の稼働率が80%以下の従業員を賃金引上げの対象から除外することは有効と判断しています。

就業規則で、「出勤率が○%未満の従業員」や「懲戒処分を受けた従業員」は昇給をしないという規定を設けている会社もあります。このように具体的な記載をするとその内容に縛られますし、それに当てはまらない場合は「どうして昇給されないのだ!」と不満を持たれるかもしれません。

したがって、就業規則の昇給に関する規定では、個人的には余り具体的な内容は記載しないで、漠然とした内容が良いように思います。その都度、個別に勤務態度などを評価して、昇給の有無や金額を決定することになります。

「産前産後休業と妊娠中の業務軽減」に関連する裁判例