妊娠中の社員の業務軽減

なるほど労働基準法 > 女性(妊産婦) > 妊娠中の社員の業務軽減

広島中央保健生活協同組合事件 事件の概要

病院のリハビリテーション科で、理学療法士の女性職員が副主任として勤務していました。

女性職員が妊娠したため、労働基準法第65条第3項に基づいて、病院に対して軽易な業務への転換を請求しました。病院は、副主任の役職を解任及び管理職(副主任)手当を不支給とした上で、女性職員の請求を受け入れました。

女性職員が、産前産後休業と育児休業を終了して職場に復帰した後も、副主任の役職が与えられなかったため、管理職手当が不支給のままでした。

これに対して女性職員は、男女雇用機会均等法第9条第3項及び育児介護休業法第10条で禁止している不利益な取扱いに該当すると主張して、管理職手当の支払い及び損害賠償金の支払いを求めて、病院を提訴しました。

広島中央保健生活協同組合事件 判決の概要

男女雇用機会均等法(第9条第3項)において、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」と規定されている。

また、この規定を受けて、男女雇用機会均等法の施行規則(第2条の2第6号)において、妊娠又は出産に関する事由として、「労働基準法第65条第3項の規定による請求をし、又は同項の規定により他の軽易な業務に転換したこと」が挙げられている。

この規定は強行規定として設けられたもので、妊娠、出産、産前産後休業の取得、又は軽易な業務への転換等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをすることは、違法・無効とするべきである。

一般的に役職を解任する降格は、職員にとって不利益な処遇で、妊娠中の女性職員が軽易な業務に転換したことを契機として行う場合は、原則として、禁止されている取扱いに当たる。ただし、次のいずれかに該当する場合は、禁止されている取扱いには当たらないと考えられる。

  1. その職員が、軽易な業務に転換することによって受ける有利な影響又は不利な影響の内容や程度、病院が説明した内容、本人の意向等に照らして、本人が自由な意思に基づいて降格を承諾したと認められる合理的な理由が存在するとき
  2. 病院が降格をしないで軽易な業務に転換すると、円滑な業務運営や人員の適正配置等に支障が生じる場合であって、その業務上の必要性の内容や程度、職員が受ける有利な影響又は不利な影響の内容や程度に照らして、男女雇用機会均等法の規定の趣旨や目的に反しないと認められるとき

そして、降格の承諾に関して、有利な影響及び不利な影響の内容や程度を評価するときは、その前後の業務内容、業務の負担の程度、労働条件の内容等を勘案して、病院から適切な説明を受けて理解した上で、職員が諾否を決定できたかどうかという観点から判断するべきである。

また、業務上の必要性の有無及びその内容や程度を評価するときは、転換後の業務内容、職場の業務態勢、人員配置の状況、その職員の知識や経験等を勘案して判断するべきである。

これを本件に照らし合わせると、業務の転換によって、患者の自宅に訪問しなくなったものの、管理職である副主任としての具体的な職務内容等が判然としないことから、軽易な業務に転換したことによって受けた有利な影響の内容や程度が明らかではない。

他方で、業務の転換によって、女性職員は副主任の役職を解任されて、管理職手当が支給されないという不利益を受けた。

女性職員は、育児休業を終了して職場に復帰した後も、副主任の役職が与えられなかったことから、降格の措置は、軽易な業務に転換している期間中に限るものではなく、それ以降も副主任に戻さないつもりで行ったと考えられる。

しかし、女性職員は、病院から副主任の役職を解任することを伝えられた際に、副主任に戻す・戻さないという説明を受けていない。更に、職場に復帰する際に副主任に戻さないことを伝えられて、強く抗議していたことから、女性職員の意向に反するものであったことが認められる。

女性職員は、降格の措置について、病院から適切な説明を受けて理解した上で、諾否を決定できる状況ではなかった。したがって、女性職員が、自由な意思に基づいて降格を承諾したとは認められない。

次に、管理職である副主任としての職務内容等が判然としていないことから、降格をしないで軽易な業務に転換することによって、病院の業務運営に支障が生じるのかどうか、業務上の必要性の有無及びその内容や程度が明らかではない。

降格の措置は、業務上の必要性の内容や程度、業務の負担の軽減の内容や程度が明らかでなければ、男女雇用機会均等法(第9条第3項)の規定の趣旨や目的に反すると考えられる。

これらの点について、十分に審理、検討することなく、禁止する取扱いに当たらないとした原審の判断には、法令の解釈・適用を誤った違法がある。審理を尽くさせるため、本件は原審に差し戻す。

広島高裁(差し戻し審)

病院が女性職員に対して、育児休業が終了して職場に復帰する際に、副主任の地位がどうなるのか適切に説明していないことから、降格の措置について、自由な意思に基づいて承諾したとは認められない。

これらのことから、業務の軽減措置は大きな意味がなく、降格という不利益を補えるものではない。したがって、降格の措置は、男女雇用機会均等法(第9条第3項)の趣旨や目的に反するものと認められる。

これらのことから、病院には、降格の措置について、女性職員の母性を尊重して職業生活の充実を図る義務に違反した過失、及び、労働法上の配慮義務違反が認められ、不法行為又は債務不履行として民法上の損害賠償責任を負う。

解説−妊娠中の社員の業務軽減

女性職員が妊娠したことを理由にして、病院に対して軽易な業務への転換を求めたところ、副主任の役職を解任された上で、業務を転換することになりました。育児休業を終了して職場に復帰した後も、副主任の地位が与えられないままで(管理職手当が支給されないままで)、裁判になったケースです。

労働基準法第65条の第1項及び第2項で、それぞれ産前休業及び産後休業を取得できることが規定されています。また、労働基準法第65条の第3項で、「使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない」と規定されています。

そして、男女雇用機会均等法(第9条第3項)によって、妊娠又は出産に関する事由を理由として、不利益な取扱いをすることが禁止されていて、軽易な業務への転換もこの事由に含まれます。

この裁判では、副主任の役職を解任したこと(降格)が、有効か無効かが争点になりました。この病院では、副主任に管理職手当を支給していたのですが、降格に伴って不支給になったことが大きいです。

最高裁は、妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格する措置は、原則的には、男女雇用機会均等法(第9条第3項)で禁止している不利益な取扱いに当たるけれども、次のいずれかに該当する場合は、例外的に不利益な取扱いに当たらないことを示しました。

  1. 従業員が受ける影響、会社が説明した内容、本人の意向等を考慮して、降格について、従業員が自由な意思に基づいて承諾したと認められるとき
  2. 降格しないで軽易な業務に転換すると業務に支障が生じる場合で、従業員が受ける影響を考慮しても、男女雇用機会均等法の規定の趣旨や目的に反しないと認められるとき

この裁判では、次のような理由を挙げて、1.2.のどちらにも該当しないと判断しました。なお、最高裁は1.を否定して、2.の判断は高裁に差し戻しましたが、高裁は2.も否定しました。最終的に、病院の主張は認められませんでした。

なお、判決を読むと、この女性職員は協調性不足の一面があったようですが、そのような点は考慮されませんでした。不利益な取扱いをする根拠にはなりませんので、その対応については別に考える必要があります。

この裁判例から、一般企業において、軽易な業務への転換に伴う降格が認められるために、どのように対応すれば良いでしょうか。

1.の自由な意思に基づいて降格を承諾したと認められるためには、次の事項に注意をする必要があります。

2.の業務に支障が生じて、男女雇用機会均等法の規定に反しないと認められるためには、次の事項に注意をする必要があります。

降格は、業務の負担を軽減している期間に限定していれば、自由な意思に基づいて承諾する可能性があります。しかし、元の職場に復帰した以降については、特殊な事情がない限り、客観的に見て承諾することは考えにくいです。

また、男女雇用機会均等法の規定の目的や趣旨から、業務の負担を軽減している期間については、業務上の必要性があって、降格の措置が認められる可能性はあります。しかし、元の職場に復帰した以降については、降格の措置(不利益な状態)が認められることは考えにくいです。

そして、少なくとも、役職ごとの職務内容が明確で、その職務に見合った管理職手当(役職手当)の額としていることが欠かせません。色々理由を挙げていますが、これが土台として認められないと、他の要素が成立することはありません。

例えば、部下の出退勤の管理、年次有給休暇の申請の受付、業務の配分及び調整、会議の主催、部下の評価など、具体的に職務内容が決まっていて、それらの業務の免除と一緒に管理職手当(役職手当)を減額する場合は、本人から理解が得られやすいと思います。

また、このような場合に、管理職としての業務をしていない状態で管理職手当(役職手当)を支給していると、他の従業員から反感を持たれる恐れがあります。「困ったときはお互い様」と言える職場もありますが、そのような会社の経営者は、減額することを想定していない場合が多いように思います。

管理職手当(役職手当)を支給していても、上で例示したように職務や役割に応じて支給するケース(職務給や役割給と呼ばれます)と、個人の能力に応じて支給するケース(職能給と呼ばれます)があります。職能給を減額すること(能力が低下すること)は一般的に想定されていませんので、その場合は、配置転換(業務の負担軽減)によって減額することは認められにくいです。

「産前産後休業と妊娠中の業務軽減」に関連する裁判例