残業手当【国際自動車事件】
国際自動車事件 事件の概要
タクシー業の会社と労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していました。
会社の就業規則(賃金規程)には、タクシー乗務員の賃金について、次のように規定されていました。
- 基本給として、1乗務(15時間30分)につき12,500円を支給する。
- タクシーに乗務しないで勤務した場合は、服務手当として、乗務しない理由が従業員の都合による場合は1時間につき1,000円、従業員の都合でない場合は1時間につき1,200円を支給する。
- 割増賃金と歩合給の基準となる対象額は、次の計算式により算出する。
対象額=(所定内売上高−所定内基礎控除額)×0.53+(公出売上高−公出基礎控除額)×0.62 - 所定内基礎控除額は、所定労働日の1乗務の控除額(平日は29,000円、土曜日は16,300円、日曜祝日は13,200円)に、平日、土曜日、日曜祝日のそれぞれの乗務日数を乗じた額とする。
- 公出基礎控除額は、公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(平日は24,100円、土曜日は11,300円、日曜祝日は8,200円)に、平日、土曜日、日曜祝日のそれぞれの乗務日数を乗じた額とする。
- 深夜手当は、次の1.と2.の合計額とする。
- {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×深夜労働時間
- (対象額÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間
- 残業手当は、次の1.と2.の合計額とする。
- {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間
- (対象額÷総労働時間)×0.25×残業時間
- 公出手当のうち、法定外休日労働分は、次の1.と2.の合計額とする。
- {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×休日労働時間
- (対象額÷総労働時間)×0.25×休日労働時間
- 公出手当のうち、法定休日労働分は、次の1.と2の合計額とする。
- {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.35×休日労働時間
- (対象額÷総労働時間)×0.35×休日労働時間
- 歩合給は、次のとおりとする。
歩合給=対象額−{割増賃金(深夜手当、残業手当、公出手当の合計)+交通費}
以上を簡単に整理すると、従業員に支給する賃金(歩合給に関する部分)は次のようになります。
- まず、売上高から一定金額を控除して、これに歩合を乗じます。(一般的には、これを「歩合給」として支給しているのですが、ここでは「対象額」として少し手が加えられます。)
- 次に、深夜手当(深夜勤務手当)、残業手当(時間外勤務手当)、公出手当(休日勤務手当)といった割増賃金を支給することが規定されています。
- 最後に、1.の金額から、2.の割増賃金を差し引いた金額を「歩合給」として支給します。
つまり、2.で割増賃金を加算したけれども、割増賃金に相当する金額を差し引いて相殺することになっています。結果的に、割増賃金の支給は無視して、1.の金額を支給することになっています。
このような就業規則(賃金規程)について、従業員が、歩合給の計算で割増賃金に相当する金額を控除する規定は無効と主張し、控除された割増賃金の支払を求めて会社を提訴しました。
国際自動車事件 判決の概要
労働基準法第37条で、時間外、休日、深夜の割増賃金の支払を義務付けていて、割増賃金の算定方法は、労働基準法第37条、政令、厚生労働省令で具体的に定められている。
労働基準法第37条は割増賃金の最低基準を定めた規定であって、これと同じ算定方法で割増賃金を支払うことを義務付けるものではない。
そして、会社が従業員に、労働基準法第37条で義務付けている割増賃金を支払ったかどうかを判断するには、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」を判別できるかどうかを検討しなければならない。
そのような判別ができる場合は、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金を基礎として、労働基準法第37条で定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないかどうかを検討する必要がある。
割増賃金として支払われた金額が、労働基準法第37条で定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回るときは、会社はその差額を従業員に支払う義務がある。
原審では、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「労働基準法第37条の定める割増賃金に当たる部分」を判別できるかどうか、また、そのような判別ができる場合に、就業規則(賃金規程)に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法第37条で定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないかどうか、について審理が尽くされていない。
また、労働基準法第37条は、法定内の時間外労働や法定外の休日労働に対しては、会社に割増賃金の支払い義務を課していない。会社に割増賃金の支払い義務があるかどうかは、労働契約の内容に委ねられる。
従業員に割増賃金として支払われた金額が、労働基準法第37条で定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないかどうかを審理判断する場合は、時間外労働等のうち法定内の時間外労働や法定外の休日労働に当たる部分とそれ以外の部分を区別する必要がある。
上記について、更に審理を尽くす必要があるため、原審に差し戻す。
解説−残業手当
歩合給の中に割増賃金を含むものとして、賃金を支払う方法が有効かどうか争われた裁判例です。
就業規則(賃金規程)の規定は、見掛け上は時間外労働の時間に応じて割増賃金を計算して支払うことになっているのですが、最終段階で割増賃金に相当する金額を減額控除する取扱いになっていました。
結果的に、売上高に歩合を乗じた金額を支払うことになり、割増賃金の支払いが無視されることになっています。
この裁判では、労働基準法第37条で定められている割増賃金を支払っているかどうかを判断する際は、次の2点をクリアしているかどうかがポイントになると示されています。
- 「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」を判別できるかどうか
- 1.の判別ができる場合に、実際に割増賃金として支払われた金額が、労働基準法第37条で定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないかどうか
この裁判では、この2点に関する審理が十分ではないとして高等裁判所に差し戻され、有効か無効かの判断は見送られました。
なお、同様に、歩合給の中に割増賃金を含んで支払っているということで、最高裁まで争われた高知県観光事件では、次の2点が求められています。なお、歩合給制でも月給制でも、特に変わることはありません。
- 「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」が判別できること
- 就業規則(賃金規程)に基づいて割増賃金として実際に支払っている金額が、労働基準法第37条で定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回ったときは、その差額を支払っていること
この事件に当てはめて考えると、どれだけ時間外労働を行っても、割増賃金を追加して支払うことは想定されていませんので、2.を満たすことはありません。個人的には会社の主張が通ることは難しいように思います。