労働条件の明示【八州測量事件】
八州測量事件 事件の概要
会社は新規学卒者を採用するために、学校別に求人票を作成して、「昭和50年度見込、基本給○○円」などと記載していました。
会社は求人票を見て応募してきた求職者の中から入社試験に合格した者を従業員として採用することを決定して、昭和49年7月から11月の間に合格通知書等を発送しました。
その一方で、石油ショックの影響で会社の業績の悪化が予想されたため、実際に入社する段階になって、求人票に記載していた基本給より減額して賃金を支払いました。
これに対して従業員が、求人票に記載していた賃金額の支払い義務があると主張して、その差額の支払いを求めて、会社を提訴しました。
八州測量事件 判決の概要
求人票に記載された基本給の額は見込額であり、その支給を保障するものではなく、入社日までに確定する予定で目標としていた額と考えられる。
新規学卒者の求人及び採用を入社する数ヶ月前から行い、毎年4月に一斉に賃金を改訂する労働環境の下で、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することは困難で現実的ではない。更に、求人は労働契約の申込みの誘引で、求人票はそのための文書であるから、職業安定法等の規制があるとしても、そのまま労働契約の内容にはならない。
本件においても、賃金の見込額として記載していたものであって、採用内定時に求人票に記載していた賃金額を支払う義務はない。
そうであったとしても、労働基準法第15条の労働条件の明示義務に反することにはならない。採用内定を労働契約の成立とみなすのは、採用内定取消し等の内定者の地位を保護する必要があるためであって、契約成立時に賃金等の労働条件が全て確定している必要はない。
このことは、新規学卒者の採用内定から入社まで、順次契約内容が明確になり、入社日までに確定するという実情にも合致する。
そうすると、求人企業は入職日までに確定すれば良いことになるが、新規学卒者が求人票に記載している賃金額が支給されると信じて求人に応募することは言うまでもない。賃金以外に自身の適性や求人企業の将来性等の志望動機があったとしても、賃金は最大の労働条件である。
また、求人企業から低額の確定額を提示されても、新入社員としては受け入れざるを得ない状況であるから、求人企業は理由もなく求人票に記載した見込額を著しく下回ってはならない。
そう考えなければ、求職者は、求人企業が募集時に提示した賃金について期待を裏切られ、他社への就職の機会が奪われ、労働基準法第15条第2項の即時解除権が意味のない権利となって、求職者の保護に役立たないからである。しかし、確定額が見込額を下回ったからといって、見込額で確定することにはならない。
本件に照らし合わせると、当時の石油ショックという特殊事情による影響の予測及び現状分析に基づいて、求人票の見込額及び入社時の確定額を会社が決定したことが認められ、その判断に明白な誤りがあったり、誇大な賃金額を提示して駆け引きや暴利を企てたり、社会的に非難されるような事実は認められない。
更に、事前に内定者に事態の説明をしていたこと、確定額は見込額より月額で3,000円から6,000円程度下回っていて僅かとは言えないとしても、前年度の基本給より月額で7,000円程度上回っていることを考えると、会社と従業員が署名押印した労働契約書の基本給の額は有効と認められる。
解説-労働条件の明示
会社が新規学卒者を募集するときに、求人票に記載していた賃金額と実際に支給した賃金額が異なっていて、裁判になったケースです。
職業安定法(第5条の3)によって、次のように規定されています。
求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所、特定地方公共団体又は職業紹介事業者に対し、労働者供給を受けようとする者はあらかじめ労働者供給事業者に対し、それぞれ、求職者又は供給される労働者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
求人企業がハローワーク等に求人の申込みをするときは、業務内容、賃金、労働時間等の労働条件を明示することが義務付けられています。大学に対して申し込むときも同じです。
同様のケースで、雇用契約の期間(無期雇用と有期雇用)の相違が問題になった千代田工業事件では、原則として、求人票の記載内容が労働契約の内容になるけれども、個別に雇用契約書等で合意したときは、それが労働契約の内容になることが示されました。
しかし、この八州測量事件では、新規学卒者の賃金という特殊性から、求人票の記載内容は労働契約の内容にならないという結論になりました。
日本の労働慣行として、毎年4月に新規学卒者を採用するために、半年以上前から内定者を決定して、賃金のベースアップも毎年4月に行っていることから、内定を通知した時点で、新規学卒者(新入社員)の賃金額を正確に決定することは難しいです。
そのため、会社が作成した求人票では「昭和50年度見込」として、見込であることを記載していました。また、この年は石油ショックという特殊な事情もありました。
したがって、それ以外の労働条件は別として、新規学卒者の賃金については、求人票に記載した額を支払う義務はない、入社日までに確定すれば良いけれども、理由もなく求人票の見込額より著しく下回ることは許されないことが示されました。
新規学卒者が、賃金額の確定後に納得できないと言って就職活動を再開することは現実に不可能ですので、諸事情を考慮した上で、程度の問題ということです。
この会社では、誠実に見込額・賃金額を決定して、社会的に非難されるような事実もなかったことから、賃金の減額が認められました。
石油ショックのような想定外の事態は仕方がないかもしれませんが、求人票の賃金額から減額して支払うと、入社早々信頼関係を損ないますので、求人票の賃金額はよく考えて決定してください。
また、この裁判は、新規学卒者に対して、半年前に内定を通知していたケースです。「来月から来てください」というようなケースには当てはまりませんので、注意が必要です。
また、労働基準法(第15条)によって、労働契約を締結するときは、賃金や労働時間等の労働条件を明示することが義務付けられています。
法律的には「採用の内定=労働契約の締結」ですので、会社が内定を通知したときに、賃金額を明示していないのは、この規定に違反するのではないか、その時点で明らかであった求人票の賃金額が労働条件になるのではないかということも問題になりました。
この裁判では、「内定の取消し=解雇」とみなして労働者を保護するために、「採用の内定=労働契約の締結」としているので、内定を通知した時点で労働条件を明示していなくても労働基準法違反にはならないし、新規学卒者については、入社日までに労働条件を確定して明示すれば問題はないと判断しました。

