残業手当【熊本総合運輸事件】
熊本総合運輸事件 事件の概要
会社では、賃金総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当として支払っていました。会社は、労働基準監督署から労働時間を適正に管理するよう指導されたことを契機として、就業規則を変更しました。就業規則では賃金体系を改めて、次のように定めました。
- 基本給は、本人の経験、年齢、技能等を考慮して各人別に決定した額を支給する。
- 基本歩合給は、運転手が出勤した日1日につき500円を支給する。
- 勤続手当は、出勤1日につき、勤続年数に応じて200円から1000円を支給する。
- 割増賃金は、時間外手当と調整手当を合計した額を支給する。
時間外手当(残業手当、深夜割増手当、休日割増手当)の額は、基本給、基本歩合給、勤続手当等を通常の労働時間の賃金として、労働基準法で定められた方法で算定した額、調整手当の額は、割増賃金から時間外手当の額を差し引いた額としました。
新しい給与体系に変更して、各従業員の賃金総額は変わりませんでしたが、従来の基本歩合給を大幅に減額して、新しく調整手当を導入しました。給与体系を変更するときに、会社から従業員に説明をしましたが、従業員から特に異論は出ませんでした。
そして、会社において、デジタルタコグラフを用いて労働時間を管理するようになってから、従業員の19ヶ月間の1ヶ月当たりの時間外労働等の時間は平均して80時間弱でした。この期間の従業員の基本給の額は月額12万円、時間外手当の額は合計約170万円、調整手当の額は合計約203万円でした。
従業員は労働基準法上の割増賃金(時間外労働、休日労働、深夜労働に対する賃金)が適正に支払われていないと主張して、割増賃金及び付加金の支払いを求めて会社を提訴しました。
第1審で、調整手当は割増賃金の基礎となる賃金に含むべきであると判断して、会社は、それに従って約224万円を支払いました。
熊本総合運輸事件 判決の概要
原審は、次のとおり判断し、第1審判決による弁済によって未払賃金はなくなったとして、従業員の請求を棄却した。
調整手当は、時間外労働等の時間数に応じて支給するものではないから、その支払によって労働基準法第37条の割増賃金を支払ったことにはならない。
時間外手当は、就業規則に基づいて基本給とは別に支給し、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分を判別できる。また、新しい給与体系の導入時に、会社から従業員に説明があったことを考慮すると、時間外労働等の対価として、同条の割増賃金を支払っていたと認められる。
しかし、原審の判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
割増賃金の支給額が労働基準法第37条による方法で算定した額を下回ることは許されないが、それ以外の方法で算定した手当を時間外労働等に対する割増賃金として支払うことができる。
そして、会社が従業員に同条の割増賃金を支払ったと言えるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分を判別できる必要がある。
ある手当が時間外労働等に対する対価として支払っているかどうかは、雇用契約書等の記載内容や具体的事案に応じ、会社の従業員に対する説明の内容、従業員の実際の労働時間等の勤務状況等の諸般の事情を考慮して判断するべきである。
その判断に際して、時間外労働等の抑制及び従業員に対する補償という労働基準法第37条の趣旨を踏まえた上で、手当の名称や算定方法だけではなく、賃金体系における手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない。
新しい給与体系では、基本給等を通常の労働時間の賃金として、労働基準法第37条によって定められた方法で算定した額が時間外手当の額となる。そして、本件割増賃金から時間外手当の額を差し引いた額が調整手当の額となる。
時間外手当と調整手当は、前者の額が定まることによって、自動的に後者の額が定まるという関係にある。両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として区別した額に、それぞれの名称を付けているという以上の意味を見いだすことができない。
そうすると、時間外手当の支払によって、労働基準法第37条の割増賃金が支払われたと言えるかどうかを検討するに当たっては、時間外手当と調整手当で構成される本件割増賃金が、全体として時間外労働等に対する対価として支払っているものかどうかを問題とするべきである。
会社は新しい給与体系を導入するときに、賃金総額は従来どおりとする一方で、それまで通常の労働時間の賃金と位置付けていた基本歩合給の相当部分を新たに調整手当として支給することとした。
以前の給与体系では、基本給及び基本歩合給のみが通常の労働時間の賃金であったとしても、従業員の通常の労働時間の賃金額は、1時間当たり平均1300~1400円程度であった。
一方、調整手当を導入した結果、新しい給与体系では、基本給等のみが通常の労働時間の賃金として、本件割増賃金は時間外労働等の対価として支払うものと仮定すると、従業員の通常の労働時間の賃金額は、1時間当たり平均約840円となり、以前の給与体系の水準から大きく減少することとなる。
また、従業員の19ヶ月間の1ヶ月当たりの時間外労働等は平均80時間弱で、これを前提として算定する時間外手当を上回る額の調整手当を支払っていることから、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払うものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金を支払う賃金体系を導入したこととなる。
新しい給与体系の導入時に、会社から従業員に調整手当に関する説明をしたとしても、基本歩合給の相当部分を調整手当として支給することに伴って、このような変化が生じることについて、十分な説明をしたとは考えにくい。
以上によって、新しい給与体系は、労働基準法第37条の割増賃金が賃金総額を超えないようにするために、以前の給与体系で通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給を本件割増賃金に置き換えて支払うこととしたものと言える。
そうすると、本件割増賃金は、一部に時間外労働等の対価として支払っている部分があるとしても、通常の労働時間の賃金として支払っている部分も相当程度含んでいると考えられる。また、本件割増賃金のうち、どの部分が時間外労働等の対価に相当するか明確になっていない。
したがって、本件割増賃金について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法第37条の割増賃金に当たる部分を判別できないことから、本件割増賃金の支払によって、同条の割増賃金を支払ったことにはならない。
時間外手当の支払によって、労働基準法第37条の割増賃金を支払ったものとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。従業員に支払う賃金額、付加金の支払の当否及びその額等について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
解説-残業手当
労働基準法は、労働条件の最低基準を定めた法律です。割増賃金の支払いについて定めている第37条の規定も最低基準として定められているものですので、規定通りではなく、支給額がそれを上回っていれば、割増賃金を一定額で支払う方法も認められます。固定残業代と呼ばれたりする制度です。
ただし、固定残業代の制度を導入する場合は、通常の労働時間に対する賃金と時間外労働に対する賃金を明確にして、労働基準法第37条に基づいて、割増賃金の支給額を計算できるようにしている必要があります。また、その取扱いについて、就業規則(賃金規程)で定めて、個別に従業員から同意を得る必要があります。
そして、実際の時間外労働の時間に基づいて計算した法定の割増賃金の額が、固定残業代の額より少ない場合は、適正に割増賃金を支払ったことになります。一方、固定残業代の額より多い場合は、超過分を追加して従業員に支払わないといけません。
しかし、脱法的な固定残業代の制度は認められないというのが裁判所の方針です。
この裁判では、月80時間を大幅に上回るような固定残業代は、実際の勤務状況と大きく乖離していると考えて、形式上は割増賃金として支払っていても、実際は通常の労働時間に対する賃金として支払っている部分を相当程度含んでいて、時間外労働に対する賃金として支払っている部分が明確でないと判断しました。
固定残業代の制度を導入していても、実際の勤務状況等によって、否定される場合があることが示されました。導入する企業が増えていますが、想定している時間外労働の時間、実際の時間外労働の時間によっては、認められない可能性があります。
労働基準法第37条の規定は、時間外労働を抑制すること、従業員に対して補償することを目的として定められたものです。裁判所としては、労働基準法第37条の規定を無意味なものとするような取扱いを認めることはできません。
固定残業代の制度を導入する場合に、月80時間を超える時間外労働を想定して固定残業代の額を決定していると、過労死のリスクがありますので、不適切です。過重労働を認めることになります。
実態を反映して制度設計をするべきですが、36協定の限度基準を考慮すると、月45時間程度の時間外労働を上限として、固定残業代の額を決定している場合は否定されることは考えにくいと思います。
概算で言うと、「通常の労働時間に対する賃金:時間外労働に対する賃金」を「3:1」にすると、月45時間程度の時間外労働になります(賃金総額が40万円とすると、通常の賃金が30万円、時間外労働の賃金が10万円)。

