残業手当【日本ケミカル事件】
日本ケミカル事件 事件の概要
会社と従業員は、次の内容で雇用契約書を締結しました。
業務内容 | 調剤業務全般及び服薬指導等 |
就業時間 | 月曜日から水曜日まで及び金曜日は、午前9時から午後7時30分まで 木曜日及び土曜日は、午前9時から午後1時まで |
休憩時間 | 午後1時から午後3時30分までの150分(全日勤務の日) |
休日 | 日曜日、祝祭日、夏季3日、年末年始(12月31日から1月3日まで) |
休暇 | 年次有給休暇 |
賃金(月額) | 562,500円(残業手当含む) 基本給461,500円、業務手当101,000円 |
支払時期 | 毎月10日締め25日支払 |
採用条件確認書には、次の記載がありました。
- 月額給与461,500円
- 業務手当(みなし時間外手当)101,000円
- 時間外勤務手当の取扱い年収に見込み残業代を含む
- 時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない
賃金規程には、「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」という記載がありました。
また、別の従業員に交付した確認書には、業務手当の金額(月額)を記載した上で、「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」という記載がありました。
従業員の平均所定労働時間は1ヶ月157.3時間で、勤務していた期間の内、時間外労働等の時間が、30時間以上の月が3回、20時間以上30時間未満の月が10回、20時間未満の月が2回ありました。
会社はタイムカードを用いて従業員の労働時間を管理していましたが、タイムカードに打刻されるのは出勤時刻と退勤時刻だけで、休憩時間に業務に従事していた時間はタイムカードには反映されませんでした。
会社が従業員に交付した給与明細には、時間外労働時間や時給単価を記載する欄がありましたが、空欄でした。
従業員が時間外労働等に対する賃金と付加金の支払を求めて、会社を提訴しました。
日本ケミカル事件 判決の概要
労働基準法第37条によって、従業員に時間外労働等をさせたときは、会社は割増賃金を支払わなければならないことが定められている。会社に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制すると共に、従業員に対して補償することを趣旨とする規定である。
また、労働基準法第37条には、割増賃金の具体的な算定方法が定められているが、この算定方法によって算出した額を下回ることを禁止しているだけで、従業員に支払う基本給や諸手当に、あらかじめ割増賃金を含めて支払う方法を禁止するものではない。
会社は従業員に対して、雇用契約に基づいて、時間外労働等の対価として定額の手当を支払うことによって、労働基準法第37条の割増賃金を支払うことができる。
そして、特定の手当が時間外労働等の対価とみなされるかどうかは、雇用契約書等の記載内容のほか、当該手当や割増賃金について、会社が従業員に行った説明の内容、従業員の実際の労働時間等を考慮して判断するべきである。
本件においては、雇用契約書、採用条件確認書、賃金規程に、業務手当を時間外労働の対価として支払うことが記載されていた。また、別の従業員に交付した確認書にも、業務手当を時間外労働の対価として支払うことが記載されていた。
したがって、会社の賃金体系において、業務手当は時間外労働の対価として支払うものと位置付けられていたと認められる。
更に、従業員に支払われた業務手当は、平均所定労働時間(1ヶ月157.3時間)を基準にして計算すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するもので、従業員の実際の時間外労働の状況と大きくかい離するものではない。
以上により、従業員に支払われた業務手当は、時間外労働の対価として支払われていたと認められる。
解説−残業手当
割増賃金(残業手当)を定額で支払っていた会社で、それが有効か無効か争われたケースです。
労働基準法第37条の規定は、割増賃金の最低基準となる額を定めているだけで、割増賃金を定額で支払う方法を禁止するものではありません。したがって、割増賃金を定額で支払う方法も認められます。
ただし、割増賃金(残業手当)を定額で支払っていると認められるためには、いくつかの条件をクリアする必要があります。
この会社では、業務手当を割増賃金(残業手当)として支払うこととしていて、雇用契約書、採用条件確認書、賃金規程に、そのように記載していました。
この最高裁判所の判決の前に行われた東京高等裁判所の判決は、それだけでは不十分で、
- 業務手当が何時間分の時間外労働に対する割増賃金なのか従業員に伝えていない
- 従業員の時間外労働の時間(休憩時間中の労働時間)を把握していない
つまり、「実際の時間外労働の時間に基づいて算出した割増賃金の額が、業務手当の額を上回った場合に、その事実を従業員が認識できる仕組みが備わっていないこと」を理由にして、業務手当を支払っていたとしても、労働基準法第37条の割増賃金を支払ったことにはならないと判断しました。
しかし、最高裁判所は、そこまで厳格な要件は必須ではないと判断しました。この会社で認められた事実を整理すると、次のとおりです。
- 就業規則(賃金規程)に、業務手当は割増賃金として支給することを規定している
- 業務手当の額(割増賃金に相当する額)を従業員に明示している
- 割増賃金を定額で支払うことについて、本人から同意を得ている
2.と3.については、雇用契約書や賃金通知書(確認書)を従業員に交付して行う方法が一般的です。
ただし、東京高等裁判所が指摘した事項をクリアしておけば、より確実に割増賃金(残業手当)を支払っていたと認められやすくなりますので、一般企業においては積極的に取り入れるべきです。
- 〇〇手当(定額の割増賃金)は〇時間分の時間外労働に対する割増賃金であることを明示する
- その時間を超えたときは、〇〇手当(定額の割増賃金)に加えて、超過した時間分の割増賃金を支払う
- 当月分の時間外労働の時間を給与明細等に記載して本人に明示する
特に2.が重要で、超過した時間分の割増賃金を適正に支払っていれば、労使間でトラブルになることは考えにくいと思います。
この裁判では、超過した時間分の割増賃金を支払っていないとしても、定額で割増賃金を支払っている制度自体は有効と認めました。しかし、実際に東京高等裁判所では無効とされましたし、他の裁判でも無効とする判決が出ていますので、注意が必要です。
当然ですが、超過した時間分の割増賃金を支払っていないと、労働基準法(第37条)違反になります。