賃金の全額支払の原則【福岡雙葉学園事件】

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福岡雙葉学園事件 事件の概要

学校法人は、人事院勧告に準じて給与規程を改定していました。

それまでは給与を引き上げる内容で人事院勧告が行われていましたので、学校法人は毎年11月に給与を増額するよう給与規程を改定して、その年の4月分から11月分の給与については、実際に支払った金額と改定後の給与規程の金額との差額を11月末頃に別途支給していました。

学校法人は、当年度の期末勤勉手当の支給額を3.2ヶ月分とすることを5月の理事会で決定して、職員に通知しました。その年に発表された人事院勧告は給与を引き下げる内容で、学校法人は人事院勧告に準じて給与を減額するよう給与規程を改定しました。

学校法人は、期末勤勉手当の支給額は通知したとおり、3.2ヶ月分として、その年の4月分から11月分の給与の引下げによって生じた差額を、期末勤勉手当から減額することを11月の理事会で決定して、そのように支払いました。

これに対して職員が、一方的に期末勤勉手当を減額されたと主張して、減額分の支払いを求めて、学校法人を提訴しました。

福岡雙葉学園事件 判決の概要

学校法人の期末勤勉手当については、給与規程に「その都度、理事会が定める金額を支給する。」と規定されているだけで、具体的な支給額や算定方法は定められていない。期末勤勉手当は、理事会が支給する金額を定めることによって、具体的な請求権が発生する。

期末勤勉手当の支給額は、5月の理事会で一応決定されたが、人事院勧告を受けて11月の理事会で正式に決定することになっていた。期末勤勉手当は、11月の理事会によって具体的な請求権が生じたのであって、5月の理事会では具体的な支給額が決定されたとは言えない。

また、期末勤勉手当は前年度の支給実績を下回らないという労使慣行があったとは認められない。

したがって、期末勤勉手当から給与の差額を減額するという11月の理事会の決定は有効である。

学校法人では、長年にわたって、人事院勧告に準じて毎年11月に給与規程を増額するよう改定し、その年の4月分から11月分までの給与の増額分を別途支給(差額を調整)していた。増額の場合にだけ4月にさかのぼって調整をして、減額の場合に同様の調整ができないのは、公平ではない。

5月の理事会で期末勤勉手当の支給額を決定して、11月の理事会で減額する決定をしたことは、職員の労働条件を不利益に変更するものと考えられる余地があるとしても、人事院勧告に準じて調整をするという11月理事会の決定は合理性があり、有効である。

解説−賃金の全額支払の原則

学校法人が毎年、人事院勧告に準じて給与規程を改定していたケースで、一般企業では同様のケースが生じることは考えにくいと思います。

これまでは給与を増額する内容で人事院勧告が行われていて、学校法人は毎年4月にさかのぼって増額分の差額を支払っていました。しかし、給与を減額する内容で人事院勧告が行われたため、学校法人はさかのぼって給与を減額して、その取扱いが有効か無効か争われました。

実際には、一般企業の賞与に相当する期末勤勉手当から、差額を減額・調整して支払いました。

最高裁は、5月の理事会では期末勤勉手当の具体的な支給額は決定されていなくて、11月の理事会で決定されたと認めて、期末勤勉手当から減額・調整した取扱いを有効と判断しました。また、給与を増額する場合は受け入れて、減額する場合は受け入れないのは、不公平ということも考慮しました。

なお、この前の福岡高裁では、期末勤勉手当を減額する場合は、個別に職員から同意を得るか、特段の事情が必要として、学校法人の取扱いは無効と判断していました。

福岡高裁の判断は杓子定規なように思いますが、労働条件を不利益に変更する場合は、本人から同意を得ることが原則です。同意が得られたら、脅迫や騙したりしていない限り、有効と認められます。

その当時、給与を減額する内容で人事院勧告が行われることは想定外だったかもしれませんが、人事院勧告に準じて給与規程を改定することについて、あらかじめ職員から同意をもらっていれば、減額・調整する処理は簡単に有効と認められたと思います。そもそも同意をもらっていれば、裁判にまで発展することはなかったと思います。