賃金と借金の相殺の禁止【東箱根開発事件】

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東箱根開発事件 事件の概要

賃金の中に「勤続奨励手当」という手当が設けられていたのですが、これは1年間勤務した場合に支給されるもので、解雇された者も含めて途中で退職した者には支給されない手当とされていました。

ただし、この手当は、月割りにした金額を前渡ししていて、期間が満了するときに本来受け取る金額から控除するという条件で貸し付けられていました。

その結果、期間の途中で退職するときは、それまでに支給した勤続奨励手当を返還しなければならないものとされていました。

そして、入社して1年が経たないうちに、会社から退職するよう迫られ、勤続奨励手当の返還を求められたため、未払賃金や解雇予告手当を請求しない旨の覚書に署名、押印しました。

このような取扱いは労働基準法に違反する行為で無効と主張して、未払賃金と解雇予告手当の支払を求めて提訴したものです。

東箱根開発事件 判決の概要

勤務奨励手当は、途中で退職する場合に返還を義務付けることで、労働を事実上強制させたり、気に入らない社員を容易に解雇したり、労働契約の終了に伴う未払賃金の清算や解雇予告手当の支払等について、会社が一方的に有利な立場を確保するための制度である。

勤務奨励手当は、建前上は前貸金となっているけれども、勤務奨励手当を含めた賃金額で会社は求人募集をしていて、実質上は労働の対価として支給される賃金である。したがって、勤務奨励手当を返還する義務はない。

また、このような前貸金を返還させる旨の約定は、労働者を強制的に足留めすることを禁止している労働基準法第5条、前借金による相殺を禁止している労働基準法第17条、解雇予告を義務付けている労働基準法第20条の脱法行為にあたり、民法第90条の公序則に抵触し、無効というべきである。

解説−賃金と借金の相殺の禁止

労働基準法第17条は、前借金と賃金を相殺することを禁止する規定です。

前借金となる可能性がある別のケースとして、会社が社員に住宅購入資金を貸し付ける場合があります。

これについては、社員にとって都合が良い制度で、社員が自ら申し出て、貸付金額や貸付期間が生活を圧迫しない程度で、返済前でも退職の自由が確保されているなど、社員の身分的拘束を伴わないことが明白な場合は、労働基準法第17条違反にはならないと考えられています。

労働基準法第17条の規定の趣旨に反して、不当に退職の自由を制限することに繋がるような貸付は認められません。