労災保険と損害賠償【コック食品事件】

なるほど労働基準法 > 災害補償 > 労災保険と損害賠償

コック食品事件 事件の概要

給食や弁当を製造販売している会社で、従業員が洗浄機で弁当箱を洗浄していたところ、稼働中の洗浄機を停止しないまま異物を取り除こうとして、機械に巻き込まれて右手の人差し指と中指を負傷しました。

従業員は治療を受けましたが、後遺障害が残り、労働者災害補償保険(労災保険)の障害等級10級の認定を受けました。

従業員は、会社が洗浄機に事故を防止する装置を設置しなかったり、指導が不十分であったり、安全配慮義務を怠ったと主張して、休業損害や後遺障害による逸失利益等の損害賠償(合計約2200万円)の支払いを求めて、会社を提訴しました。

なお、従業員は、労災保険から休業補償給付と障害補償給付(合計約300万円)を受給して、更に休業特別支給金と障害特別支給金(合計約100万円)を受給していました。

会社は安全配慮義務違反について争うとともに、特別支給金も損害額から控除するべきであると主張しました。

コック食品事件 判決の概要

労災保険法による保険給付は、会社が行うべき労働基準法上の補償義務を会社に代わって政府が行うもので、業務災害や通勤災害による従業員の損害を補填する性質がある。

そのため、保険給付の原因となる事故が会社の行為によって生じて、政府が保険給付をしたときは、労働基準法第84条第2項を類推適用して、会社はその給付の価額の限度で従業員に対する損害賠償責任が免除される。

また、保険給付の原因となる事故が第三者の行為によって生じて、政府が保険給付をしたときは、労災保険法によって、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者の第三者に対する損害賠償請求権を取得すること、保険給付を受けるべき者がその第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができると規定されている。

他方で、労災保険によって、政府は被災した従業員に対して、休業特別支給金や障害特別支給金等の特別支給金を支給することが定められている。

この特別支給金は、労働福祉事業の一環として、被災した従業員の療養生活を援護する等、その福祉の増進を図るために支給するものである。

会社や第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の関係について、保険給付の場合と同様の趣旨を定めた規定は、労災保険法には設けられていない。

このような保険給付と特別支給金の違いを考慮すると、特別支給金には被災した従業員の損害を補填する性質はない。したがって、被災した従業員が労災保険から受給した特別支給金については、損害額から控除することはできない。

解説−労災保険と損害賠償

従業員が仕事中にケガをして、会社に損害賠償を請求しました。従業員は労災保険から給付を受けましたが、その中の特別支給金について、損害額から控除できるかどうかが争点になった裁判例です。

従業員が業務災害に遭ってケガをしたり、病気になったりしたときは、損害を補償(補填)するために、労災保険から休業補償給付や障害補償給付などが支給されます。

これとは別に、労災保険には特別支給金という制度があります。特別支給金は、労災保険法上は(本体部分の)「保険給付」とは異なり、「労働福祉事業」(現在は「社会復帰促進等事業」に名称変更)として、療養生活を援護したり、社会復帰を促進したりするために支給されます。

休業補償を例に挙げると、賃金(給付基礎日額)の60%が休業補償給付として支給されて、賃金(給付基礎日額)の20%が休業特別支給金として支給されます。結果的に、従業員は80%の補償を受けられます。

そして、従業員が会社に損害賠償を請求したときは、休業補償給付や障害補償給付などの(本体部分の)保険給付については、会社が支払ったものとして相殺(控除)できることが労働基準法や労災保険法で規定されています。

損害を補償(補填)するための保険給付と損害賠償を、従業員が重複して受給すると(相殺しないと)、損害額を超えて受給することになって不都合が生じます。わざと労災事故を起こす人が現れるかもしれません。

一方、特別支給金については、相殺(控除)できるという規定は設けられていません。また、療養生活を援護したり、社会復帰を促進したりするために支給するもので、損害を補償(補填)する目的で支給するものではありません。

同じ趣旨(性質)のものは重複支給を避けて相殺(控除)するべきですが、違う趣旨(性質)のものは相殺(控除)するべきではありません。したがって、特別支給金については、損害額から控除することはできません。