労災保険と損害賠償【青木鉛鉄事件】

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青木鉛鉄事件 事件の概要

仕事中に従業員同士で意見の食い違いがあり、同僚から暴行を受けて従業員が傷害を負いました。

従業員はこの傷害により、入院雑費1万円、付添看護費109万円、休業補償費1054万円、慰謝料180万円、以上合計1345万円の損害を受けました。(端数は切り捨てています。)

一方で、従業員はこの傷害を原因として、労働者災害補償保険法(労災保険法)による休業補償給付239万円、傷病補償年金672万円、厚生年金保険法による障害年金494万円、以上合計1406万円を受領しました。(端数は切り捨てています。)

損害の総額より受領した保険給付の総額の方が多かったのですが、従業員は加害従業員と会社を提訴して、損害賠償を請求しました。

青木鉛鉄事件 判決の概要

従業員の加害行為によって生じた損害については、加害従業員と会社が賠償責任を負う。

被害を受けた従業員に対して、労災保険法や厚生年金保険法に基づいて保険給付が行われたときは、労働基準法第84条第2項により、保険給付と同一の事由については損害が填補されたものとして、損害賠償責任は減免されることが規定されている。

この「同一の事由」とは、「保険給付の趣旨や目的」と「損害賠償の趣旨や目的」が一致すること、すなわち、「保険給付の対象となる損害」と「損害賠償の対象となる損害」が同じ性質で、保険給付と損害賠償に相互補完の関係があるものをいう。単に同一の事故から生じた損害の全般をいうものではない。

そして、労災保険法による休業補償給付と傷病補償年金、厚生年金保険法による障害年金は同じ性質のものであり、損害賠償の対象となる損害のうち、「同一の事由」と考えられるのは休業補償費のみである。

損害のうち、入院雑費、付添看護費、慰謝料(精神的損害)は、保険給付が対象とする損害とは性質が異なる。

したがって、保険給付の総額が損害の総額を上回るとしても、その超過分を入院雑費、付添看護費、慰謝料(精神的損害)を填補するものとして控除することはできない。

解説−労災保険と損害賠償

仕事中に同僚から暴行を受けて従業員が障害を負ったときは、加害者に責任があるのは当然ですが、使用者責任として会社にも責任が及びます。

被害者が損害を受けたときは、加害者と会社に損害賠償責任があるのですが、同時に、労働者災害補償保険法(労災保険法)や厚生年金保険法から保険給付を受けられることがあります。

そして、労働基準法(第84条第2項)には、同一の事由について、労災保険法から補償が行われたときは、損害賠償の責任を免れることが規定されています。

例えば、労災保険から被害者に100万円の保険給付が行われたときは、会社が補償したものとして、損害賠償額から100万円が減額されます。

もし、減額されないとすると、被害者は二重に損害賠償を受け取ることになりますので、それを防止するための規定です。

その場合に減額、控除できる範囲について争われたのが、この裁判例です。

概算で言いますと、労災保険法と厚生年金保険法による保険給付の総額が1400万円で、損害として認められた金額が1300万円で、受領した保険給付の総額の方が高額になりました。

ところで、労働基準法(第84条第2項)には、「同一の事由については、」と限定するような文言があります。

裁判所は、この「同一の事由」とは、「保険給付の対象となる損害」と「損害賠償の対象となる損害」が同じ性質であることを示しました。

労災保険法と厚生年金保険法による保険給付は休業補償を目的とするもので、慰謝料(精神的損害)の趣旨は含んでいません。つまり、慰謝料等は「同一の事由」ではないということです。

したがって、休業補償に相当する部分は保険給付によって填補されたことになる(減額、控除できる)としても、それ以外の慰謝料等については、減額、控除できないと判断しました。結果的に、慰謝料等については、別途で会社は支払う必要があります。

保険給付と損害賠償は総額で比較するのではなく、費目ごとに分類して比較することになります。