休憩時間の自由利用【目黒電報電話局事件】

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目黒電報電話局事件 事件の概要

昭和42年にあった出来事です。従業員が「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプレートを胸に着用して勤務しました。上司は従業員にプレートを取り外すよう注意しましたが、従業員は従いませんでした。

従業員はプレートの取り外し命令は不当であると考えて、抗議する目的で、責任者の許可を受けることなく、休憩時間中にビラを配布しました。

会社は、次のとおり、従業員の行為は懲戒事由に該当すると判断して、戒告処分を行いました。

これに対して従業員が、就業規則の規定は、労働基準法(第34条第3項)に規定されている休憩時間の自由利用の原則に違反する等と主張して、懲戒処分(戒告)の無効確認を求めて、会社を提訴しました。

目黒電報電話局事件 判決の概要

一般的に就業規則は、従業員の労働条件を明らかにして、職場の規律を確立することを目的として、会社が作成するものである。

会社の就業規則には、「従業員は、職場において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない」と定められているが、これは次のような理由から、企業秩序の維持を目的とした規定と考えられる。

したがって、就業規則によって職場において政治活動を禁止することは、企業秩序を維持するために、合理的な規律として許される。就業規則に、上のような規定を設けることも当然許される。

そして、就業規則に記載されている「政治活動」とは、社会通念上政治的と認められる活動を指すと考えられる。

本件のプレートの文言は、政治的な立場に反対するものとして社会通念上政治的な意味を持ち、従業員はプレートを着用して職場の同僚に訴え掛けたのであるから、社会通念上政治的な活動と認められる。それが職場で行われたのであるから、就業規則に違反することは明らかである。

ただし、就業規則の規定は、職場の秩序を維持することを目的としたものであるから、形式的に違反するように見えても、実質的に職場の秩序を乱す恐れがない場合は、違反には当たらない(懲戒処分の対象とすることはできない)。

勤務時間中のプレートの着用は、身体的活動の面から見れば職務の遂行に支障がなかったとしても、職場の同僚に向けた訴え掛けという性質があり、精神的活動の面から見れば100%の注意力で職務を遂行できなかったと考えられる。つまり、職務専念義務に違反し、職場秩序を乱す行為である。

同時に、勤務時間中にプレートを着用して同僚に訴え掛けるという行動は、職場で特殊な雰囲気を醸し出して、他の従業員の注意力を散漫する恐れがある。

したがって、従業員のプレートの着用は、実質的に見ても、職場秩序を乱す行為であり、就業規則に違反し、懲戒事由に該当する。

また、就業規則に違反するプレートの着用に対して、上司が取り外すよう命令したことは正当であり、これに従わなかった従業員は、就業規則の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」に該当する。

次に、ビラの配布は、許可を受けないで職場で行われたものである以上、形式的には就業規則に違反することは明らかである。

ただし、就業規則の規定は、職場の秩序を維持することを目的としたものであるから、形式的に違反するように見えても、ビラの配布が職場の秩序を乱す恐れがない場合は、違反には当たらない(懲戒処分の対象とすることはできない)。

本件のビラの配布は、休憩時間を利用して、休憩室や食堂で平穏に行われたもので、その配布方法については、特に問題はなかった。

しかし、その内容は、上司の正当な命令に抗議し、政治活動やプレート着用等の違反行為をあおり、そそのかすものであった。規律に違反し、職場の秩序を乱す恐れがあったことは明らかで、実質的に見ても、就業規則に違反し、懲戒事由に該当する。

雇用契約に基づいて、会社の指揮命令下で労務を提供する従業員は、労働基準法(第34条第3項)によって、休憩時間は会社の指揮命令下から離れて自由に利用できることが保障されている。

言うまでもなく、休憩時間をビラ配りのために利用することも自由で、会社が従業員の休憩時間の自由利用を妨げれば、労働基準法(第34条第3項)違反の問題が生じ、休憩時間の自由利用として許される行為を理由にして、会社は懲戒処分を科すことはできない。

しかし、休憩時間の自由利用と言っても、それは休憩時間を自由に利用できるだけで、会社の施設内にいる場合は、会社の施設に対する管理権が制限されることはない。

また、従業員は、休憩時間中は労務提供に関する制約は受けないが、労働契約上、企業秩序を維持するための規律は遵守する義務がある。

就業規則は休憩時間中の行為についても適用されるが、職場において演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を行うことは、会社の施設の管理を妨げる恐れがあり、更に、他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げて、その後の作業能率を低下させる恐れがある。

場合によっては、企業運営に支障が生じて、職場秩序を乱す恐れがあることから、ビラ配布等をする場合に、管理者による許可制とすることは、合理的な制約と言える。

ビラを配布して、施設の管理に直接的な支障が生じなかったとしても、その目的やビラの内容が上司の正当な命令に抗議をするもので、また、違反行為をあおり、そそのかすものであった。

そうである以上、休憩時間中であっても、企業運営に支障が生じて、職場秩序を乱す恐れがあることから、許可を受けないでビラを配布することは、就業規則の規定に反して許される行為ではない。これを理由にして懲戒処分を行ったとしても、労働基準法(第34条第3項)に違反したことにはならない。

なお、従業員は、懲戒処分(戒告)は懲戒権を濫用するもので無効であると主張するが、懲戒事由があった場合に、どの処分を選択するかは懲戒権者に裁量があり、その行為と対比して均衡を欠くなど、社会通念に照らして合理性が否定されない限り、懲戒権者が選択した懲戒処分は有効と認められる。

本件については、プレートの着用やビラの配布だけの単独の行為ではなく、上司の正当なプレートの取り外し命令に従わず、その取り外し命令に抗議して、プレート着用や政治活動等の違反行為をあおり、そそのかすようなビラを配布した、という一連の従業員の行為を懲戒事由としていた。

これらの行為に対して選択された懲戒処分は最も軽い戒告であって、均衡を欠くとは認められない。また、社会通念に照らして合理性を欠く事情も認められないから、懲戒権の濫用には当たらない。本件の懲戒処分は有効である。

解説−休憩時間の自由利用

政治的な意味を持ったプレートを着用して勤務したり、休憩時間中にビラを配布したりした従業員に対して、会社が就業規則に基づいて懲戒処分(戒告)を行って、それが有効か無効か争われた裁判例です。

この裁判の争点を整理すると、次のようになります。

  1. プレートの着用は違反行為かどうか
  2. 休憩時間中のビラの配布は違反行為かどうか

1.プレートの着用は違反行為かどうか

職場で従業員が政治活動を行うと、様々な支障が生じて職場の秩序を乱す恐れがあることから、就業規則に職場において政治活動を禁止する規定を設けることは可能であると示しました。

プレートの着用は、政治的な活動と認められることから、就業規則に違反する行為であり、また、職務専念義務に違反することから、実質的にも職場の秩序を乱す行為であると判断しました。

そして、プレートの着用が違反行為であれば、上司によるプレートの取り外し命令は有効(正当)ですので、これに従わなかった従業員は、業務命令違反として、懲戒処分の対象になります。

仮に、プレートの着用が正当な行為と認められると、それを取り外すよう命じた上司が間違っていたことになります。従業員は正当な理由があって従わなかった(取り外さなかった)ものとして、その場合は、業務命令違反には当たりません。つまり、懲戒処分の対象とすることはできません。

2.休憩時間中のビラの配布は違反行為かどうか

労働基準法によって、休憩時間は自由に利用できること労働基準法によって、休憩時間は自由に利用できることが保障されています。休憩時間をどのように利用するかは従業員の自由ですので、ビラを配布することは認められそうです。しかし、会社の施設内においては、従業員は職場の秩序を乱す行為が禁止されています。

また、会社には施設を管理する権限が認められていますので、会社の施設内で従業員が業務以外の活動(政治活動など)をする場合は、事前の許可を義務付けることができます。そのため、職場の秩序を乱したり、施設の管理を妨げたりする恐れがある場合は、不許可にすることができます。

この裁判になったビラには、正当な業務命令に抗議したり、違反行為をそそのかしたり、職場の秩序を乱す恐れがある内容が書かれていました。これは休憩時間の自由利用を逸脱するものとして、就業規則に違反する行為であると判断しました。

なお、形式的に就業規則に違反しているとしても、実質的に見て、職場の秩序を乱す恐れがないと判断された場合は、懲戒処分の対象とすることはできません。

実際に、この裁判例と同じように、無許可で休憩時間にビラを配布したケースで、形式的に就業規則に違反しているとしても、ビラの内容等から職場の秩序を乱す恐れがないと判断して、会社が行った懲戒処分(戒告)を無効とした裁判例もあります。

政治活動に限らず、物品の販売や勧誘、宗教活動など、業務以外の活動全般に言えることですが、実質的に見て、職場の秩序を乱す恐れがあったかどうかがポイントになります。

その判断は難しいですが、他の従業員から「やめてして欲しい」といった苦情等が出ていれば、職場の秩序を乱していることの表れとして、注意や指導をしても同様の行為を繰り返した場合は、懲戒処分は有効と認められやすくなります。