就業規則と労働契約の関係【函館信用金庫事件】
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函館信用金庫事件 事件の概要
信用金庫の就業規則には、従業員の所定労働時間について、次のように規定されていました。
始業時刻 | 終業時刻 | 休憩時間 | 1日の所定労働時間 | |
---|---|---|---|---|
平日 | 8時50分 | 17時00分 | 60分 | 7時間10分 |
土曜日 | 8時50分 | 14時00分 | 60分 | 4時間10分 |
また、休日については、「日曜日、国民の祝日、信用金庫が指定する日」と規定されていました。
昭和62年に労働基準法が改正されて、1週間の労働時間を48時間から40時間に段階的に短縮する措置が進められていました。また、信用金庫の休日については、信用金庫法(施行令)で定められていて、毎週土曜日を休日として、週休2日制を導入するよう改正されました。
信用金庫は、毎週土曜日を休日として、平日の勤務時間を8時45分から17時20分まで、1日の所定労働時間を7時間35分として、就業規則を変更するよう労働組合に申し入れました。
団体交渉を行いましたが、労働組合から同意は得られませんでした。信用金庫は、団体交渉を重ねても同意は得られないと判断して、一方的に就業規則を変更しました。
変更前の1年間の所定労働時間は、1888時間40分でした。就業規則の変更によって、平日の所定労働時間は1日25分延長されましたが、休日が増加しましたので、1年間の所定労働時間は7時間5分短縮されました。
就業規則の変更は労働組合が同意しないまま一方的に行われたもので、無効であると主張して、17時以降の勤務に対して支払われていた時間外勤務手当(割増賃金)を支払うよう求めて、信用金庫を提訴しました。
函館信用金庫事件 判決の概要
就業規則の変更によって、平日の所定労働時間が25分延長されることになった。従業員にとっては、就業規則の変更が、労働条件を不利益に変更する部分を含むことは明らかである。また、労働時間は、賃金と並んで重要な労働条件であることは言うまでもない。
まず、不利益の程度について検討すると、1日25分の労働時間の延長は、それだけを見ると大きな不利益である。
しかし、就業規則を変更する前の従業員の所定労働時間は、第1、第4、第5週が40時間、第2、第3週が35時間50分であった。これが変更によって、一律週37時間55分になる。1年間の所定労働時間で比較すると、変更の前後で従業員にとって不利益はない。
一方、週休2日制の実施によって、休日が増加することは、従業員にとって大きな利益である。
全体的に見ると、就業規則の変更によって従業員が受ける不利益は、実質的には大きいものではない。
次に、就業規則の変更の必要性について検討すると、信用金庫法(施行令)及び労働基準法が改正され、信用金庫にとって週休2日制の実施は避けられないものであった。
週休2日制を実施する際に、土曜日を全て休日にして、平日の労働時間を変更しなければ、労働の総量が減少して、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、平日の時間外勤務の増加等が予想される。
そのため、経営上は、賃金を減額しないとすると、なくなった土曜日の労働時間を他の日に回して調整しよう考えることは当然である。
また、就業規則を変更した当時の信用金庫は、経営効率が相対的に劣っていて、人件費の抑制に努めていた。他の金融機関と競争していくためにも、平日の所定労働時間を延長する必要性は高かった。
更に、変更後の1日7時間35分、1週37時間55分という所定労働時間は、必ずしも長時間ではなく、他と比較して見劣りするものではない。
平日の労働時間を延長しないで、週休2日制だけを実施すると、所定労働時間は週35時間50分になる。信用金庫の経営状況を勘案すると、就業規則の変更には相当性がある。
以上により、就業規則の変更によって従業員が受ける不利益は、これを全体的、実質的に見ると大きいものではない。
他方、信用金庫としては、週休2日制の実施に伴って、平日の労働時間を延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があった。
労働組合が就業規則の変更に強く反対し、信用金庫との協議が不十分であったこと等を勘案しても、就業規則の変更は、従業員に不利益が及んでもやむを得ない程度の必要性があったと認められる。
したがって、本件の就業規則の変更は有効である。
解説−就業規則と労働契約の関係
労働組合から同意が得られないまま、信用金庫が一方的に変更した就業規則が、有効か無効か争われた裁判例です。
労働契約法(第9条)によって、従業員が不利益を受ける内容に就業規則を変更する場合は、原則として、従業員から同意を得ることが条件になっています。つまり、従業員から同意が得られなければ、就業規則を変更することはできません。
ただし、例外として、従業員が受ける不利益の程度、就業規則の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、従業員との交渉の状況などを考慮して、合理的と認められる場合に限り、従業員が同意していなくても就業規則を変更できることが、労働契約法(第10条)で定められています。
これまで出勤日だった土曜日(1ヶ月に2日か3日)を休日に変更すると、その分の所定労働時間が消滅しますので、1ヶ月の労働(時間)の総量が減少します。1時間当たりの賃金が上昇して、高コスト体質になってしまいます。
信用金庫が支払う賃金総額を維持するのであれば、1ヶ月の労働(時間)の総量も維持するために、平日の所定労働時間を延長したいと考えるのは当然のことです。
また、信用金庫が就業規則を変更した当時、信用金庫法(施行令)が改正されて、毎週土曜日を休日として、完全週休2日制の導入が義務付けられることになりました。就業規則を変更する必要性は十分ありました。
この裁判では、平日の所定労働時間の延長だけを見ると従業員にとっては不利益が大きいけれども、休日が増えることによる利益が大きいので、全体で見ると実質的な不利益は大きくないと判断して、就業規則の変更を有効と認めました。
一般的に、1ヶ月の賃金、1ヶ月の所定労働時間が同じなら、「週休1日制より週休2日制の方が良い」と考える従業員の方が圧倒的に多数と思います。
判決では「不利益は大きくない」という控えめな表現でしたが、「利益の方が大きい」から就業規則の変更は有効という結論になったと考えられます。
したがって、会社が就業規則(労働条件)を変更する場合は、不利益に変更する部分だけではなく、できれば利益に変更する部分も合わせて、全体で見ると利益の方が大きいと受け取られるような工夫をすることが望ましいです。
なお、従業員と話し合って合意できれば間違いありません(就業規則は有効に変更できます)ので、まずは従業員と合意すること最優先に考えるべきです。