割増賃金を抑制するために住宅手当を支給|就業規則の規定例
割増賃金を抑制するために住宅手当を支給
- 現在、就業規則の作成を予定していて、「住宅手当は、割増賃金の基礎となる賃金に含めなくても良い」と聴きました。住宅手当を新設して、基本給の一部を移し替えて支給しようと考えていますが、問題がありますか?
- 割増賃金の抑制を目的にして、住宅手当を支給する方法は望ましくないと思います。
割増賃金を抑制するために住宅手当を支給
住宅手当とは
住宅手当とは、住宅に要する費用を補助するために支給する手当です。
労働基準法(第37条)によって、通勤手当については、通勤に要する費用(定期券代や通勤距離)に応じて、支給額が変動する場合は、割増賃金の基礎となる賃金から除外することが認められています。
家族手当については、扶養家族の数に応じて、支給額が変動する場合は、割増賃金の基礎となる賃金から除外することが認められています。
住宅手当についても、労働基準法施行規則によって、(賃貸住宅の者には家賃月額の○%、持家住宅の者にはローン月額の○%のように)住宅に要する費用に応じて、支給額が変動する場合は、割増賃金の基礎となる賃金から除外することが認められています。
また、次のように区分して、段階的に支給額を決定する方法も認められています。
- 家賃月額(ローン月額)が5万円以上10万円未満の者には、2万円の住宅手当を支給
- 家賃月額(ローン月額)が10万円以上の者には、3万円の住宅手当を支給
しかし、次のような方法は、住宅に要する費用に応じて、支給額が変動しません(別の要素で支給額を決定しています)ので、割増賃金の基礎となる賃金から除外できません。
- 全員一律に10,000円の住宅手当を支給する
- 賃貸住宅の者に8,000円、持家住宅の者に12,000円の住宅手当を支給する
- 扶養家族を有する者に12,000円の住宅手当を支給する
このような場合は、住宅手当の名目で支給していても、割増賃金の基礎となる賃金に含めて計算する必要があります。
住宅手当と就業規則
「住宅手当は割増賃金の基礎となる賃金から除外できる」という内容が先行して、支給額の決定方法によっては、法律上、含める必要があるにもかかわらず、除外している就業規則(賃金規程)を見掛けることがあります。
専門外の方が、モデル就業規則を書き換えたり、他社の就業規則(賃金規程)を流用したりして、作成した就業規則に多いです。
割増賃金の基礎となる賃金から住宅手当を除外する場合は、住宅に要する費用に応じて住宅手当の支給額が変動することを、就業規則(賃金規程)に記載しておく必要があります。
そして、就業規則(賃金規程)に、次のように定めて住宅手当を支給するとします。
- 家賃月額(ローン月額)が5万円以上10万円未満の者には、2万円の住宅手当を支給
- 家賃月額(ローン月額)が10万円以上の者には、3万円の住宅手当を支給
割増賃金を抑制する目的で支給する住宅手当
純粋に、「住宅に要する費用を補助したい」と考えるのでしたら、住宅手当を新設・加算して、支給しても良いと思います。
しかし、割増賃金の支給額を抑制することを目的として、個々の従業員の賃金総額を維持したまま、住宅手当として支給する額を基本給から移し替える方法は望ましくないです。
この場合は、労働条件の変更に該当しますので、個々の従業員から同意を得る必要があります。そのために説明や話合いを行うと、割増賃金の支給額を抑えたいという会社の意図が明らかになると思います。同意を得られたとしても、会社に対して不信感を持たれる心配があります。
また、賃金体系がゆがめられます。
例えば、同じ貢献度で賃金総額が30万円の従業員が2人いて、一方は住宅手当を支給しない、もう一方は3万円の住宅手当を支給(基本給を3万円減額)するとします。
- Aさん:賃金総額30万円【内訳、基本給30万円】
- Bさん:賃金総額30万円【内訳、基本給27万円+住宅手当3万円】
時間外労働をした場合の1時間当たりの貢献度は同じはずですが、Bさんは基本給が減額されたため、Aさんより割増賃金の支給額が少なくなります。
基本給を移し替えないで、住宅手当を加算して支給する(Bさんの賃金総額を33万円にする)のでしたら、不公平が生じることはありません。
ところで、基本給を3万円減額して、住宅手当を3万円支給したとします。これによって、どれぐらい割増賃金を削減できるのでしょうか。1ヶ月の所定労働時間が173時間で、残業時間が20時間と仮定して、計算してみましょう。
30,000(円/月)÷173(時間/月)×20(時間/月)×1.25(倍)=4,335円/月
3万円で計算すると、20時間の残業で4,335円、1時間につき、217円です。これを多いと見るか少ないと見るかは、それぞれでしょう。しかし、個人的には、労使関係を悪化させた上に、賃金体系をゆがめてまで導入するメリットはないと思います。
住宅手当の本質に戻って、「住宅に要する費用を補助したい」と考えるのであれば、基本給は減額しないで、住宅手当として数千円でも加算して支給する方法が健全と思います。
執筆者 社会保険労務士 木下貴雄
2002年にキノシタ社会保険労務士事務所を開業し、就業規則を専門として、業務に取り組んできました。現在は、メールによるサービスの提供に特化して、日本全国の中小零細企業のサポートを行っています。