割増賃金を抑制するために住宅手当を支給|就業規則の規定例
割増賃金を抑制するために住宅手当を支給
- 「住宅手当は、割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めなくても良い」と聴きました。今回、初めて就業規則を作成するのですが、これを機会に、新しく住宅手当を支給しようかどうか迷っています。どのように考えれば良いでしょうか?
- 「割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めなくても良いから」「割増賃金の支給額を抑えたいから」という理由で、住宅手当は支給するべきではないと思います。就業規則(賃金規程)は、現在の取扱いのまま作成するのが良いでしょう。
住宅手当とは
そもそも住宅手当とは、住宅に要する費用を補助するための手当です。
そして、割増賃金の計算の基礎となる賃金から除外するためには、例えば、賃貸住宅の者には家賃月額の一定割合を支払ったり、持家住宅の者にはローン月額の一定割合を支払ったり、住宅に要する費用に応じて支給額が変動することが条件になっています。
また、家賃月額(ローン月額)が5万円以上10万円未満の者には2万円、家賃月額(ローン月額)が10万円以上の者には3万円を支給するというように、段階的に区分して支給額を決定する方法も認められています。しかし、
- 全員に一律で支給している
- 賃貸住宅か持家住宅かによって、支給額や支給の有無を決めている
- 扶養家族がいるかどうかによって、支給額や支給の有無を決めている
このように、“住宅に要する費用”と無関係に支給している(支給額を決定している)場合は、名称が「住宅手当」であったとしても、割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めないといけません。
住宅手当と就業規則
「住宅手当は割増賃金の基礎賃金から除外できる」という言葉だけが先行して、法律的には除外できないにもかかわらず、除外している就業規則(賃金規程)を見掛けます。
モデル就業規則を間違って書き換えたり、他社の就業規則(賃金規程)を間違って流用したり、必要な知識がないまま作成した場合によくあることです。
割増賃金の基礎賃金から住宅手当を除外する場合は、住宅に要する費用に応じて支給額が変動することを就業規則(賃金規程)に記載しておく必要があります。
労使関係が悪化する
そして、仮に、家賃月額(ローン月額)が5万円以上10万円未満の者には2万円、家賃月額(ローン月額)が10万円以上の者には3万円を支給することを、就業規則(賃金規程)に規定したとします。
単純に、「住宅に要する費用負担を軽減してあげたい」と考えるのでしたら、住宅手当を新設して追加支給しても良いでしょう。その分の人件費が増えますが、従業員にとっては喜ばれるはずです。
しかし、割増賃金の支給額を抑えることが目的とすると、個々の従業員の賃金総額を維持したまま、住宅手当として支給する金額を基本給から移し替えることになります。
この場合は、労働条件の変更に当たりますので、移し替えについて、個々の従業員から同意を得る必要があります。従業員から同意を得るために説明をしていると、割増賃金の支給額を抑えたいという会社の意図が明らかになると思いますので、労使関係の悪化は避けられません。
賃金体系がゆがめられ、不公平が生じる
個々の従業員から労働条件の変更の同意が得られたとしても、賃金体系がゆがめられてしまいます。
仮に、同じ貢献度の従業員が2人いたとして、一方は、両親と住んでいて家賃等を負担していないので住宅手当が支給されない、もう一方は、家賃を負担していて3万円の住宅手当が支給されているとします。
- Aさん:賃金総額23万円【内訳、基本給23万円】
- Bさん:賃金総額23万円【内訳、基本給20万円+住宅手当3万円】
残業1時間当たりの貢献度はどちらも同じはずですが、Bさんの基本給が減額されたため、Aさんより割増賃金の支給額が少なくなります。
AさんとBさんの両方に住宅手当を支給できれば不公平は生じないのですが、住宅手当の支給要件を守ろうとすると、支給したい従業員に支給できないことがあります。
基本給を移し替えないで、住宅手当を単純に加算して支給するのでしたら、不公平が生じることはありません。無理なことをすると、その反動がどこかに表れます。
住宅手当導入による効果
基本給を3万円減額して、住宅手当を3万円支給したとします。このように、3万円を住宅手当に移し替えたことによって、どれくらい残業手当を削減できると思いますか?
1ヶ月の所定労働時間が173時間で、残業時間が月20時間として、計算してみましょう。
30,000(円/月)÷173(時間/月)×20(時間/月)×1.25(倍)=4,335円/月
1ヶ月につき 4,335円です。基本給(賃金総額)が23万円とすると、残業を2.6時間したときの残業手当に相当します。これを大きいと見るか少ないと見るかは、それぞれでしょう。
住宅手当の本質に戻って「住宅に要する費用を補助してあげたい」と考えるのでしたら、単純に加算して支給すれば良いです。
しかし、そういう考えがないのでしたら、1ヶ月・1人につき 4,335円で、労使関係を悪化させた上に、賃金体系をゆがめてまで導入するメリットはない、残業時間を毎月2.6時間減らすよう努力する方が健全ではないかと個人的には思います。
執筆者 社会保険労務士 木下貴雄
2002年にキノシタ社会保険労務士事務所を開業し、就業規則を専門として、業務に取り組んできました。現在は、メールによるサービスの提供に特化して、日本全国の中小零細企業のサポートを行っています。