みちのく銀行事件(就業規則の不利益変更)

みちのく銀行事件 事件の概要

人件費の削減と賃金配分の偏在化を是正するために、専任職制度を創設して、賃金制度を見直すよう就業規則を変更しました。

就業規則の変更は2次にわたって行い、1次変更は、基本給を55歳到達時点で凍結して、55歳以上の者は管理職から外して新設の専任職として、賃金を発令直前の基本給と諸手当とする(専任職手当を追加)という内容でした。

その後の2次変更は、55歳に到達した一般職と庶務従業員も専任職として、業績給を一律50%減額して、専任職手当を廃止して、賞与の支給率を削減するという内容でした。

これらの変更を行う際に、従業員の73%が加入する多数組合の同意は得たのですが、少数組合の同意は得られないまま、就業規則を変更しました。

この就業規則の変更により、55歳以上の管理職に対して専任職の辞令を発令して、賃金を減額しました。

これに対して、就業規則の変更に同意していない従業員には、就業規則の変更の効力は及ばないと主張して、専任職の辞令の無効、及び、従来の賃金との差額の支払いを求めて、提訴しました。

みちのく銀行事件 判決の概要(最高裁 平成12年9月7日判決)

新たな就業規則の作成又は変更によって、会社は従業員の既得の権利を奪ったり、従業員に不利益な労働条件を一方的に課したりすることは、原則として許されない。

しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質から言って、就業規則の規定が合理的なものである場合は、個々の従業員が同意をしなかったとしても、その適用を拒否することはできない。

そして、就業規則の規定が合理的なものと認められるためには、就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面から見て、それによって従業員に及ぶ不利益の程度を考慮しても、なお法的規範性を是認できるだけの合理性が必要である。

特に、賃金や退職金等の従業員にとって重要な権利、労働条件に関して不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、そのような不利益を従業員に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性がある場合に限って合理性が認められる。

この合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって従業員が被る不利益の程度、会社の変更の必要性の内容や程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断するべきである。

この銀行では、60歳定年制の下で、年功序列型の賃金体系を維持していたが、従業員の高齢化が進んだため、他の地方銀行と比べて55歳以上の従業員の割合が大きく、その賃金水準も高くなっていた。

また、経営効率を示す諸指標が全国の地方銀行の中で下位を低迷し、経営体質が弱体化していたこと、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考え合わせると、本件就業規則の変更は、高度の経営上の必要性があったと言える。

本件就業規則の変更は、まず、55歳になったときに管理職から外して専任職とするものであるが、これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる従業員に大きな不利益が及ぶものではない。したがって、職階及び役職制度の変更に限ると、就業規則を変更する合理性は認められる。

賃金体系の変更は、その対象者、減額幅、変更後の賃金水準に照らすと、高年齢層の従業員の雇用の継続や安定化を図るものではなく、逆に、高年齢層の従業員の労働条件を一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。

特定の層の従業員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているもので、その負担の程度も大幅な不利益を生じさせるものである。そして、これらの者は中堅層の労働条件の改善といった利益を受けないまま退職することとなる。

就業規則を変更して、このような制度の改正を行う場合は、一方的に不利益を受ける従業員に対して、不利益を緩和する経過措置を設けるべきで、それがないまま従業員に大きな不利益のみを受忍させることは相当性がない。

本件の経過措置は、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、賃金が大幅に減額されている。したがって、本件就業規則の変更の相当性を肯定することはできない。

ところで、従業員の約73%で組織する労働組合が本件1次変更及び2次変更に同意している。しかし、賃金の変更の合理性を判断する際に、従業員の被る不利益の程度や内容を勘案すると、労働組合の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではない。

専任職制度の導入に伴う就業規則の変更は、それに伴う賃金の面から見れば、高年齢層の従業員に対して、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない従業員に対して、これを受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容と言うことはできない。

したがって、本件就業規則の変更のうち、賃金を減額する部分は無効である。

みちのく銀行事件 解説

元々60歳の定年制を採用していた銀行が、就業規則を変更して、55歳以上の従業員の賃金を大幅に減額したケースです。

ここでは第四銀行事件までの最高裁判決を引用して、これに当てはめて判断が行われました。

従業員の約73%が加入する労働組合の同意を得て、就業規則の変更を行ったのですが、特定の従業員に大きな不利益を与える一方で、他の従業員の労働条件を改善するものでした。

このように特定の層の従業員に不利益を与える場合は、不利益を緩和する経過措置が必要であることが示されました。このケースでは緩和措置が不十分であるとして、就業規則の変更(賃金を減額する部分)の合理性は否定されました。つまり、就業規則の変更は認められませんでした。

ところで、この当時の定年年齢は法律で55歳と定められていたのですが、この銀行では先立って60歳定年制を導入していました。

第四銀行事件では、定年年齢の延長と同時に賃金を引き下げるという就業規則の不利益変更が認められました。これと同じように、定年年齢の延長と賃金の減額を同時に行っていれば、また判断が違っていたかもしれません。

労働条件を改善することが望ましいことは言うまでもありません。しかし、こういうこともありますので、労働条件を改善するときは、それを単独で実施するのではなく、将来的に他の部分の労働条件を引き下げる可能性がないか、可能性がある場合は一緒に変更することも検討するべきでしょう。

就業規則に関する代表的な裁判例