賃金の引下げ

これまで人件費の削減と言えば、賞与のカット、残業の抑制、新規採用の停止など、社員への負担が比較的小さい方法が中心でした。

しかし、売上げの低迷等から賃金を引き下げざるを得ないケースが増えています。

また、問題行動を繰り返す社員や能力が劣る社員の賃金を引き下げられないかという相談も増加しています。

賃金を引き下げることができれば、人件費の削減効果が大きく、経営者にとっては選択肢の1つとして思い浮かぶかもしれません。

しかし、賃下げは社員にとっては生活にかかわることで、当然大きな反発を招きます。また、裁判においても労働者保護の観点から、賃下げを行うためには厳しい条件が求められます。

なお、賃金制度を変更したりして、就業規則を変更して賃金を引き下げる場合は、就業規則の不利益変更の要件を満たす必要があります。

就業規則の不利益変更についてはこちらでお伝えしていますので、今回は就業規則の変更を伴わない賃金の引下げについてお送りします。

賃金の引下げのパターン

賃金を引き下げることができるのか?と疑問に思われがちなケースを紹介します。

役職の降格

例えば、課長から係長に降格したときに、賃金を引き下げることはできるのでしょうか?

役職手当が支給されている場合は、課長としての役職手当から、係長としての役職手当に変更することは可能です。役職に見合った役職手当に変更することができ、役職を外した場合は役職手当を支給しなくても構いません。

ただし、特別な理由がないにもかかわらず、嫌がらせで降格させるなど、降格が人事権を濫用しているものであれば認められません。

配置転換による業務の変更

配置転換を行って業務を軽減したときは、会社としてはその業務に見合った賃金に引き下げたいと思われることでしょう。

しかし、業務内容と賃金はそれぞれ独立して考えられていますので、業務を軽減したとしても、会社が一方的に賃金を引き下げることはできません。

人事考課制度の変更

就業規則の変更を伴わないで、人事考課制度の変更を行った場合はどうでしょうか。

新しい人事考課制度により賃金が低額となった場合であっても、人事考課制度の変更を根拠として一方的に賃金を引き下げることはできません。この場合は、多くの社員に影響が及ぶものですので、就業規則の不利益変更と同じ要件が求められます。

一律1割の減額

社員の賃金を一律に1割減額するような場合も同様に、多くの社員に影響が及ぶものですので、就業規則の不利益変更と同じ要件が求められます。

賃下げは個別の同意が大原則

賃金の額は労働契約の中でも最も重要なもので、これを変更する場合は、社員の個別の同意が必要になります。労働契約も契約の1つですので、会社が一方的に賃金を引き下げる(契約内容を一方的に変更する)ことはできません。

社員から個別に同意が得られれば賃金を引き下げることができますが、同意が得られなければ従来の賃金を維持しないといけません。問題行動を繰り返す社員や能力が劣る社員であっても同じです。

同意を得るために

多数の社員の賃金を引き下げる場合は、なぜ賃金を引き下げる必要があるのか、社員の理解を得られないと、同意は得られません。

できることからする

まずは、できることからコスト削減を行って、最終手段として行わざるを得ない状況であることを示す必要があります。

賃金の引下げを持ち出す前に、例えば、賞与のカット、残業の抑制、新規採用の停止、昇給の停止、役員報酬の減額、遊休資産の売却など、考えられるコスト削減策を徹底して行うことです。

ただし、就業規則(賃金規程)で、賞与の支給や昇給を約束している場合は、これも難しくなります。

社員との対話

経営状態がどれくらい厳しいのか、他に選択肢がないこと等について、社員に十分な説明を行い、時間を掛けた対話をすることが欠かせません。

利益が少なくなれば賃金を引き下げざるを得ないことは、頭で考えれば分かります。しかし、生活が掛かっていると冷静に受け入れることは難しいものです。賃金を下げられる社員の立場になって考えることが大切です。

そして、経営環境の悪化は経営者だけの責任ではありませんが、やはり、会社組織で上の地位にある者ほど責任を重く受け止める必要があるでしょう。役員も一般社員も一律に1割カットなどというのは好ましくありません。

また、経営不振に陥ったことについて、経営者自らが素直に謝ることで、社員の感情的なわだかまりが緩和されることもあります。「雇用を守るために賃金の引き下げは避けられない」と経営者が押し通しても社員の理解は得られません。社員のヤル気が失われ、会社の再建も困難になるでしょう。経営者は真摯な態度で、正直に話し合うことが重要です。

再建計画の協議

賃金の引き下げは、社員に大きな不安を抱かせます。優秀な社員が退職することも覚悟しないといけません。

不安を和らげるために、賃下げと同時に、今後の再建計画についても社員と協議をして、理解を得ることが重要です。そして、業績が回復し、再建計画を達成できたときは賃金を元の金額に戻す、賞与で還元するといった約束をすることも欠かせません。

また、社員の同意を得るために、年次有給休暇の取得促進や勤務時間の短縮などの代償措置を用意することも考えられます。

賃金引下げの同意書

賃金の引き下げの同意は口頭でも有効ですが、後になって「同意していない」と主張されることも考えられます。賃金の引下げについて、社員が同意したことを示す証として同意書をもらうと良いでしょう。

採用時の賃金の決定

入社して間もない社員の能力が期待していたよりも低くて、賃金を引き下げたいという相談をよく受けます。

募集をしてもなかなか思ったような人材からの応募がなくて、求人広告に高額の賃金を掲載したり、経験者だからという理由で高い賃金に設定して失敗したというケースが多いようです。

このようなケースで社員が賃下げに応じることは考えにくいです。賃金を1万円アップするのと1万円減額されることを比べると、同じ1万円でも受け取る印象が全然違います。

このような事態にならないよう採用時の賃金の決定は慎重に行って下さい。

(2012/6作成)
(2014/5更新)