マイカー通勤と損害賠償責任

損害賠償責任

使用者責任が民法で定められていて、事業の執行に関連して、従業員が加害者になった場合、会社は被害者に生じた損害を賠償する責任を負います。

運行供用者責任が自動車損害賠償保障法で定められていて、自動車の運行をコントロールできて、その運行によって利益を得ている者は、その運行によって被害者に生じた損害を賠償する責任を負います。

損害賠償責任の所在

従業員の自家用車を業務に利用している場合は、勤務時間中の交通事故だけではなく、通勤途中の交通事故であったとしても、使用者責任や運行供用者責任に基づいて、会社は損害賠償責任を負います。

一方、従業員の自家用車を通勤のみに利用して、業務に利用していない場合の交通事故については、本人の責任になりますので、原則的には、会社に損害賠償責任が及ぶことはありません。

原則的にはそうなのですが、会社の損害賠償責任を認める裁判例が、近年いくつか表れ始めています。

会社の損害賠償責任を認めた裁判

▼マイカー通勤を禁止していたにもかかわらず、従業員が無断で作業現場までマイカー通勤をして、会社が黙認していた。(最高裁平成元年6月6日判決)

※会社が移動手段を用意しないで、事実上の利益を得ていたことから、会社の運行供用者責任を認めました。

▼マイカー通勤を承認して、ガソリン代を補助するために、月額5,000円の通勤手当を支払っていた。また、マイカー通勤をする者に対して、会社は安全運転に関する指導や教育を怠っていた。(福岡地裁平成10年8月5日)

※通勤手当の支給は、マイカー通勤を積極的に容認する行為であると認めました。また、通勤は、業務に従事するための前提となる準備行為で、事業の執行に関連するものとして、会社は使用者責任を負うと判断しました。個人的には特殊な裁判と思っていますが、使用者責任の範囲を拡大するもので、この考え方が定着すると、多くのケースで使用者責任を負うことになります。

▼集合時刻が早朝で、電車で行けないため、会社は従業員に自家用車で行くよう指示して、ガソリン代を支給していた。(神戸地裁平成10年5月21日判決)

※会社の指示に基づいた行動で、マイカー通勤と業務には強い関連性があるとして、使用者責任を認めました。

▼終業時刻が深夜で、電車通勤ができないため、会社はマイカー通勤を認めた上で、駐車場を用意して、ガソリン代として通勤手当を支給していた。(東京地裁平成26年3月27日判決)

※会社はマイカー通勤を積極的に容認していたとして、使用者責任を認めました。

▼公共交通機関を利用して通勤することが困難な地域で、マイカー通勤を認めなければ、職員を確保できなくて事業の運営に支障が生じる。(神戸地裁平成16年7月7日判決)

▼通勤手段として、時間的な負担、経済的な負担、肉体的な負担、事故の危険性等を総合的に考慮すると、自家用車以外の方法(電車、バス、自転車、徒歩)は考えられない。(前橋地裁平成28年6月1日判決)

※マイカー通勤は事業運営のために不可欠で、業務と密接に結び付いていることから、事業の執行に関連して生じた事故として、使用者責任を認めました。

会社の損害賠償責任を認めなかった裁判

▼マイカー通勤を認めないで、電車通勤の場合の計算方法で決定した額を通勤手当として支給していた。(神戸地裁平成8年9月19日)

▼電車通勤や自転車通勤が可能な状況で、従業員は自家用車による通勤の申告をしていなくて、会社は駐車場の提供やガソリン代の支給をしていなかった。(大阪地裁平成25年7月16日判決)

▼電車通勤が可能な状況で、会社は工事現場に直行直帰することを認めていたが、通勤手当を支給していなかった。従業員は工事現場に電車で行ったり、自家用車で行ったりしていた。(東京地裁平成27年4月14日判決)

▼電車通勤が可能な状況で、会社は従業員に敷地内の駐車場を提供して、マイカー通勤を認識していたが、従業員は通勤手当の申請をしていなくて、会社は通勤手当を支給していなかった。(東京地裁平成25年3月14日判決)

裁判例の分類

ほとんどが地裁レベルの判決で、最高裁によって判例法理として確立した考え方は示されていません。それぞれの裁判例を一般化して、会社の損害賠償責任を認めたケースを分類すると、次のようになります。

  1. 会社がマイカー通勤(作業現場への直行直帰も含みます)を指示していた。
  2. 会社がマイカー通勤を推奨したり、積極的に容認していた。(ガソリン代を負担、駐車場を提供、自家用車の維持費を補助しているような場合)
  3. マイカー通勤をすることで、会社の負担を軽減して、実質的な利益を得ている。
  4. マイカー通勤と業務が密接に結び付いている。(他の手段で通勤することが困難な場合)

公共交通機関の利用

地域によって、電車通勤・バス通勤・自転車通勤・徒歩通勤、又はマイカー通勤など、複数の通勤手段が考えられる場合があります。そのときに、マイカー通勤を推奨・優遇していると、損害賠償責任が及ぶ可能性がありますので、それを回避するために、会社としては、

という態度が望ましいです。

任意保険の強制加入

自家用車を業務に一切利用していなくても、場合によっては、会社に損害賠償責任が及ぶことがありますが、従業員が加入する任意保険で損害賠償を行える場合は、それで対応することになります。

従業員が交通事故を起こして、十分な任意保険に加入していないと、被害者は満足な補償を受けられませんので、会社に対して損害賠償を請求してくることが予想されます。裁判になって、仮に、会社の主張が認められたとしても、得られるものはありません。結果的に、従業員が補償をすることになりますので、後味が悪いです。

以上により、マイカー通勤は、十分な任意保険の加入を条件として、許可制にするのが賢明です。許可をしない者については、敷地内の駐車場を利用させない、通勤手当を支払わない、といった対応が考えられます。また、ルールを周知して徹底するために、マイカー通勤に関する取扱い規程の作成が望ましいです。

(2024/6作成)