自転車通勤と損害賠償

自転車通勤の増加

環境に優しい乗り物として注目されたり、健康的なことから、都心部において、自転車通勤をする人が増えています。また、最近は性能が向上して、スピードが出やすい自転車が多くなっています。

このようなことから、近年、自転車と歩行者が関係する事故が増加しています。

自転車は運転免許証がなくても気軽に乗れますので、自身を歩行者と同じように考えがちですが、自転車は車両の一種として、いわゆる「軽車両」に該当し、道路交通法が適用されます。

道路交通法により、自転車も自動車と同じように飲酒運転が禁止され、自転車事故を起こしたのに救護義務を怠ったときは、いわゆる「ひき逃げ」が適用されます。また、自転車は原則的には車道の左側を走行し、例外的に一定の場合は歩道を走行できることが認められています。

自転車事故の損害賠償

もし、自転車を運転していて歩行者にケガをさせたときは、損害賠償はどうなるのでしょうか。

損害を受けた側からすれば、相手が自転車か自動車かは関係ありませんので、自転車側が加害者となった事故も、自動車側が加害者となった事故も余り変わりません。つまり、治療費や休業補償、慰謝料、また、後遺症が残ったり、死亡したときは、介護費用や逸失利益の請求も、自動車事故の場合と同様に認められます。

自転車は被害者というイメージが強いかもしれませんが、最近は自転車側が加害者となって、歩行者を骨折させたり、転倒させて頭をぶつけて死亡させたというような事故が増えています。

そのときに、損害賠償額は過失割合に応じて減額されるのですが、歩道で歩行者にケガをさせた場合は、歩行者に過失はないと判断されるケースが一般的です。

自転車は車道を走行することが原則ですので、歩道で歩行者に不注意があったとしても、認められる過失割合は1割程度とされています。このため、自転車側に100%の過失があるとして、数千万円の損害賠償を命じる裁判例も珍しくありません。

労災保険の適用

社員が自転車通勤をしていてケガをしたときは、通勤災害として労災保険が適用されます。この労災保険によって、社員は無料で治療を受けたり、休業補償を受けたりできます。

ただし、合理的な通勤経路から逸脱したり、通勤を中断したりしたときは、労災保険の対象にはなりません。

会社には電車通勤で届け出ているにもかかわらず、実際には自転車通勤をしていて事故に遭った場合はどうなるのでしょうか。その自転車通勤が、合理的な通勤経路及び方法である場合は、通勤災害として認められます。会社に虚偽の届出をしていたことは、会社が行う懲戒処分の対象になりますが、労災保険の認定とは別の問題として扱われます。

なお、社員が自転車通勤をしていて被害者になっときは、会社に損害賠償責任が及ぶことはありません。

会社の損害賠償責任

自転車通勤をしている社員が加害者になったときは、会社に損害賠償責任が及ぶのでしょうか。その前に、自動車通勤をしている場合で考えてみましょう。

社員の自動車を業務に利用させている場合(会社が業務利用を黙認している場合も含みます)は、業務活動中に起きた事故については当然ですが、通勤中に起きた事故についても、会社に損害賠償責任が生じます。

通勤中は会社の管理下にはありませんので、会社に責任はないと思われるかもしれません。しかし、社員の自動車を業務に利用させていると、通勤は、社員の自動車を業務に利用するために、会社まで持って来させている行為と考えることもできます。したがって、会社が、社員の自動車の業務利用を明確に禁止していない限り、会社に損害賠償責任が及びます。

自転車も車両の一種ですので、これと同様に、社員の自転車を業務に利用させている場合は、会社に損害賠償責任が生じると考えられます。ちょっと買物に行ったり、ちょっと郵便物を出しに行ったり、軽い気持ちで自転車を業務に利用していないでしょうか。そうなると、通勤中の事故についても、会社に損害賠償責任が及ぶ可能性があります。

自転車通勤の管理

自動車通勤については、それぞれの会社で、「通勤車両管理規程」や「私有車業務利用規程」といった規程(就業規則)を定めていると思います。自転車も自動車と同じ程度のリスクがありますので、会社が管理をして、自動車と同様の取扱いをするべきでしょう。放置したままでいると、いつリスクが現実化するかもしれません。

自転車通勤の規程(就業規則)で定める主な内容は、次のとおりです。自動車通勤の規程(就業規則)でも、同じような内容を定めていると思います。

賠償責任保険への加入

自動車には被害者を救済するための自賠責保険があって、加入が義務付けられていますが、自転車にはそのような保険制度がありません。そのため、自転車で重大事故を起こして、損害賠償額が高額になると、個人で対応することは困難です。

会社が自転車の業務利用を明確に禁止していれば、会社に損害賠償責任が及ぶことはありませんが、本人に支払能力がないと深刻な事態に陥ってしまいます。対応策としては、自動車と同様に民間の賠償責任保険に加入することが考えられます。

賠償責任保険の種類

自転車を対象にした保険はまだ普及していませんが、いくつか紹介しておきます。社員に賠償責任保険への加入を義務付ける場合は、このような情報も併せて提供すると良いでしょう。

クレジットカードに、自転車事故による賠償責任を補償する保険があります。保険料は年間で2,000円から3,000円程度、保険金額は5千万円から1億円のものが多いです。

また、加入している自動車保険や火災保険、傷害保険に、特約で自転車事故をカバーした賠償責任保険を付けられる場合があります。

次に、TSマーク付帯保険というものもあります。TSマークとは、自転車安全整備士が点検、整備した自転車に貼られるものです。これに、傷害保険と賠償責任保険が付いています。ただし、賠償責任補償が行われるのは、死亡、又は、重度後遺障害(1級から7級)の場合です。8級から14級の場合は補償が行われませんので、不十分なように思います。

最近は、セブンイレブンの自転車向け保険、ヤフーの自転車プランなど、自転車事故に備えた保険が現れ始めています。

(2017/1作成)