雇用シェアとは
雇用シェアとは
シェアには、分ける、分配するという意味があります。従来から「ワークシェアリング」という言葉が知られていますが、これは同一企業内の従業員同士で仕事を分け合うことを言います。業績が悪化した場合に、個々の従業員の勤務時間を減らして、雇用を維持(解雇を回避)する手法の1つです。
「雇用シェア」とは、従業員を他社に出向して、他社と雇用を分け合うことを言います。新型コロナウイルスの影響で仕事が減少し、改善が見込めないことから、人材を有効活用する取り組みとして、雇用シェア(出向)が注目されています。
出向は以前からグループ企業内で行われていましたが、資本関係がない異業種間で人材を融通する点が従来の出向と異なります。
例えば、観光業は仕事が激減していますが、その一方で、宅配便等を取り扱う運送業は以前から運転手の人手不足が深刻でした。観光バスを運転していた従業員を、運送会社が出向社員として受け入れるような事例があります。
また、航空業のANAホールディングスは、公募制に応じた社員をスーパーの成城石井や家電量販店のノジマに出向することを公表しています。
出向とは
「出向」とは、在籍したまま一時的に他社で勤務することを言います。配置転換や転勤については、就業規則に「配置転換又は転勤を命じることがある」というような規定があれば、原則的には会社の判断で一方的に命じることができます。
出向も同様に、原則的には会社が一方的に命じられますが、他社で勤務するものですので、会社の強制力は弱くなります。例えば、従業員に不利益が及んだり、出向の慣行がなかったり、出向先と資本関係がないような場合は、出向命令が否定される可能性があります。
また、出向と似た制度で「転籍」があります。転籍は元の会社を退職して転籍先に入社するものですので、転籍をする場合は必ず本人の同意が必要になります。
更に、「派遣」という形態がありますが、派遣の場合は「派遣先と派遣社員」の間には雇用関係がありません。また、労働者派遣を行う企業は、都道府県労働局の許可を受ける必要があります。
一方、出向の場合は、「出向元と出向社員」、「出向先と出向社員」の両方で雇用関係が成立しています。なお、出向元が出向によって利益(賃金を超える対価)を得ている場合は事業として行っているものとして、違法とされている労働者供給や違法派遣と判断される恐れがあります。
出向元のメリット
従業員を他社に出向することによって、出向先と人件費の負担方法を調整する必要がありますが、従業員を遊ばせている場合と比べると、人件費の負担を抑制できます。
出向ができれば、解雇を回避(雇用を維持)できます。解雇すると、業績が回復したときに、新規採用や教育訓練に要する費用が掛かります。出向で人材を温存しておけば、業績が回復したときに呼び戻せますので、そのような費用が掛かりません。
また、従業員が出向先で学んだノウハウや経験を復帰後に活かせるかもしれません。
出向元のデメリット
ANAのような大企業は可能としても、中小企業が個別に従業員の受入先を見付けることは難しいです。また、新型コロナウイルスの影響は業界全体に及んでいますので、通常、出向先は異業種になります。即戦力になりにくい点も、受入先を見付けにくい要因になります。
資本関係がない異業種の企業に出向する場合は、出向命令が否定されるリスクを考えると、本人から同意を得るか、公募制で行うべきです。従業員にとっては不慣れな仕事ですので、拒否されたり、応募者が現れないかもしれません。
出向を実現できたとして、出向先の居心地が良いと、従業員が退職して出向先に転職する可能性があります。従業員には退職の自由が保障されていますので、出向元が引き留めることはできません。
出向社員のメリットとデメリット
労働基準法上の休業手当は平均賃金の60%ですが、出向先で通常勤務をすると100%の賃金が支払われますので、手取りが増えます。また、休業が長期化すると世間から取り残された気分になったり、復帰後に仕事の勘を取り戻すのに時間を要したりしますが、仕事を継続できればそのような心配はいりません。
出向先で新しい経験を積めますが、異業種での仕事に馴染めるか分かりません。
出向先のメリットとデメリット
人手不足を解消できますが、異業種から出向社員を受け入れて、即戦力として使えない場合は、時間を掛けて教育訓練を行う必要があります。また、機器や備品を用意するなど、受け入れるための費用が掛かります。
産業雇用安定センター
産業雇用安定センターという公的機関が、全国47都道府県に設置されていて、雇用シェアを活用しようとする出向元と出向先のマッチングを行っています。利用料は無料です。また、産業雇用安定センターでは、以下の助成金を受給するためのサポートを受けられます。
雇用調整助成金
雇用調整助成金は、休業した場合だけではなく、出向を行った場合も支給対象になります。助成額は、「出向元が負担した賃金」又は「出向前の通常賃金の1/2」のいずれか低額の方を基準として、中小企業の場合はその2/3(大企業の場合は1/2)が支給されます。
例えば、出向時の賃金日額が18,000円で、出向元がその4割(7,200円)を負担しているとすると、中小企業の場合は、4,800円(7,200円×2/3)が支給されます。なお、出向先が負担する賃金の6割(10,800円)に対する助成はありません。
産業雇用安定助成金
雇用シェア(出向)を活用する企業を支援するために、新しい助成金(産業雇用安定助成金)が創設されました。助成金は、@出向運営経費とA出向初期経費に分かれています。
@出向運営経費は、出向中に要する経費(賃金や教育訓練の費用等)を助成するもので、出向元と出向先の双方に支給されます。助成額は、中小企業は4/5、大企業は2/3で、出向元が解雇していない場合は、中小企業は9/10、大企業は3/4に増額されます。
A出向初期経費は、出向に要する初期経費(就業規則や出向契約書の整備費用、出向元で行う教育訓練の費用、機器や備品等)を助成するものです。助成額は定額で、出向元と出向先の双方に支給され、1人につき10万円です。条件により、5万円が加算されるケースもあります。
雇用調整助成金も受給できる場合はどちらか一方のみ申請可能です。産業雇用安定助成金は出向先にも支給されますので、受入先が増えることが期待されます。
(2023/1作成)