労働慣行(労使慣行)とは
労働慣行(労使慣行)とは
労働慣行とは、企業において長期間にわたって反復継続して行われてきた取扱いで、事実上の制度になっていることを言います。
労使慣行と呼ぶ場合もあります。
労働慣行が成立すると
労働慣行(労使慣行)が成立すると、その取扱いが労働契約の内容になったり、就業規則を補完するものになります。
例えば、会社の備品を私用に使うことを禁止し、就業規則に懲戒処分を行う事由として定めているにもかかわらず、これまで長期間にわたって備品の私用を黙認、放置してきたとします。
このような労働慣行が成立しているときに、備品の私用を違反行為として懲戒処分を行っても無効になります。つまり、懲戒処分は行えないということです。
本来であれば就業規則に基づいて懲戒処分が行えるケースであっても、労働慣行が成立していると、就業規則の内容より労働慣行の方が優先されることになります。
また、別のケースで、就業規則(賃金規程)で遅刻したときは遅刻した時間分の賃金をカットすることになっているけれども、15分未満の遅刻については賃金カットを行っていなかったとします。
この取扱いが労働慣行と認められると、15分未満の遅刻については賃金カットができません。
就業規則に具体的な処理方法が定められていないときに、労働慣行が成立すると、労働慣行の内容(この場合は15分未満の遅刻は賃金カットしないこと)が就業規則を補完するものとして、具体的な運用方法を決定付けることになります。
労働慣行が成立する条件
これまで同じような取り扱いを繰り返してきたというだけでは、労働慣行(労使慣行)は成立しません。
次の4つの条件を全て満たしている場合に、労働慣行(労使慣行)が成立していると判断されます。
- 長期間にわたって反復継続して行われている
期間の長さや繰り返された回数等は特に決まっていません。それぞれのケースごとに検討して判断されます。また、多くの社員に対してなされていることが求められます。 - 労使の当事者が明示的に異議を唱えていない
労働慣行は黙示(暗黙)の合意によって成立するものと考えられていますので、その取扱いに当事者が反対している場合は、労働慣行は成立しません。 - 労働条件を決定する権限(就業規則を作成又は変更する権限)のある者が、「そうしなければならない」という規範意識を持っている
職場の所属長がどのように考えているかではなく、あくまでも労働条件を決定する権限のある者が承認や黙認をしていなければ、労働慣行が成立することはありません。労働慣行は就業規則の内容となり得るものですので、就業規則を作成又は変更する権限のある者がどのように考えているのかが重視されます。 - 法律に違反していない
時間外勤務を行っても割増賃金を支払わない取扱いが長年行われていたとしても、労働基準法に違反する取扱いが労働慣行として成立することはありません。また、就業規則の内容を下回る取扱いも労働慣行となることはありません。
労働慣行の裁判例
労働慣行に関する裁判例を以下に示しています。
ただし、このような慣行であれば、直ちに労働慣行(労使慣行)と認められたり、認められなかったりするものではありません。それぞれのケースごとに、上の4つの条件にあてはめて判断されることになります。参考程度に見て下さい。
労働慣行が認められた裁判例
- 定年退職後に特別な理由がない限り、嘱託として再雇用するという労働慣行
- 勤務時間中に入浴をするという労働慣行
- 退職金規程がないけれども、基本給プラス諸手当に勤続年数を掛けた金額の退職金を支払うという労働慣行
- 賞与は賞与支給日に在籍する社員に限って支給するという労働慣行
- 賃金規程で皆勤手当の支給対象者を限定していないけれども、役職者には皆勤手当を支給しないという労働慣行
- 賞与支給日に在籍していない社員には賞与を支給していなかったけれども、定年退職、死亡退職、嘱託従業員には賞与を支給するという労働慣行
労働慣行が認められなかった裁判例
- 時間外勤務に対して時間外勤務手当を支払わないという労働慣行
- 使用者が禁止を告知した以降に行われた、勤務時間内に入浴するという労働慣行
- 使用者が容認しない意思を持っていたことが認められる、勤務時間内に入浴するという労働慣行
- 就業規則に規定されていない30分の休憩を取得できるという労働慣行
労働慣行を是正するには
他の社員から是正するよう求められたり、不公平な取り扱いになっていたり、職場秩序を維持改善したりするために、今の労働慣行を是正したいケースがあると思います。
その場合、労働慣行が成立しているかどうかで、進め方が異なります。
労働慣行が成立していない場合
就業規則に基づいて懲戒処分を厳格に適用するよう変更したい場合など、上記3.の条件(労働条件を決定する権限のある者が規範意識を持っていること)を満たしていないケースが多いと思われます。
条件を満たしていなければ労働慣行は成立しませんが、慣行的な事実が繰り返されてきたのであれば、事前に取扱いを改めることを社員に明示、警告した上で、取扱いを改める必要があります。
労働慣行が成立している場合
労働慣行が成立している場合に、不意打ち的に取扱いを改めても認められません。社員から個別に同意を得るか、就業規則の不利益変更の手続きに準じて進めないといけません。
就業規則の規定に基づいた取扱いに変更する場合は、十分な説明や話合いを行った上で、今後の取扱いを改めることを明示します。上記3.の条件(労働条件を決定する権限のある者が規範意識を持っていること)を満たさないようするためです。
そして、社員から異議が出なければ黙示的に同意したものとして、取扱いの変更が有効になります。
なお、労働慣行を急いで変更しようとすると、社員からの反発が考えられますので、一定期間を置いてから改めるようにすると良いでしょう。
また、就業規則に具体的な処理方法が定められていない労働慣行については、客観的に明確化するために、就業規則に具体的な取扱いを追加して規定することが望ましいです。
就業規則
職場の所属長が、就業規則に違反する行為を認めたり、放置したりしていると問題になりますので、何かあったときは必ず就業規則を確認するよう心掛けて下さい。
そして、就業規則の内容と異なる処理を行わないこと、就業規則に違反する言動を黙認、放置しないことが大事です。
(2011/5作成)
(2014/6更新)