従業員に対する所持品検査
所持品検査の実施
現金、高額商品、一般消費財等を取り扱っている職場で、それらの紛失が発覚したときは、通常は次の可能性が考えられます。
- 外部から侵入されて、盗難の被害に遭った
- 事務処理のミスや勘違いで、実際は紛失していなかった
- 社内の従業員が窃盗をした
1.と2.の形跡や可能性がなければ、3.の従業員による犯行が疑われます。
また、従業員が会社の備品を持ち帰ったり、職場に危険物や違法薬物を持ち込んでいるという噂を聴くこともあります。そのような場合に、会社は従業員の所持品を検査することができるのでしょうか。
プライバシーの侵害
会社としては、「再発防止のために、直ちに所持品検査を実施して、犯人を見付け出したい」「やましいことがなければ、従業員は所持品検査に応じるはずだ」と思うかもしれません。
「疑いが晴れるのなら所持品検査に応じたい」と前向きに考える従業員がいる一方で、「私を疑っているのか?」「会社は従業員を信用していないのか?」「他の私物まで見られるのは嫌だ」と感じる従業員もいます。
従業員のプライバシーは保護されるべきですが、会社は職場の秩序を維持する必要がありますので、一定の要件を満たしている場合は、その範囲内で所持品検査を実施することが認められます。
所持品検査を実施できる要件
労働基準法等の法律で定められていることではありませんが、最高裁判所の判例(西日本鉄道事件)によって、次の要件を全て満たしている場合は、会社は所持品検査を実施できることが示されています。この後に続く同種の裁判でも、これらの要件が判断基準として用いられています。
@所持品検査を必要とする合理的な理由があること
多数の従業員が納得できるような理由がなければ、プライバシー保護の方が優先されますので、所持品検査は行えません。
A検査の方法や程度が一般的に妥当であること
本来の目的から逸脱して、屈辱感や侮辱感を与えるような行き過ぎた検査は認められません。検査の方法やどこまで検査をするかは予め取り決めておくべきです。
B制度として画一的に実施すること
特定の従業員に限定して検査をしたり、検査の対象範囲や回数に個人差があると、「犯人扱いをされた」と受け取られて、配慮が足りないものとして否定されます。
C就業規則等に基づいて実施すること
所持品検査を実施する根拠が必要で、就業規則等によって従業員に予め周知して、それに基づいて実施する必要があります。
就業規則の規定例
就業規則の規定例としては、「職場の秩序を維持するために必要がある場合は、会社は従業員の所持品を検査することがある。所持品の検査を求められた従業員は、これに従わなければならない。」のような内容が考えられます。
他の要件を満たした上で、会社が所持品検査を求めたときは、従業員は応じる義務があります。正当な理由がないにもかかわらず、従業員が検査を拒否したときは、業務命令違反として、就業規則に基づいて懲戒処分の対象になり得ます。
ただし、違反行為の内容と懲戒処分の重さは釣り合っている必要があります。懲戒解雇は、従業員が拒否をした理由や経緯、所持品検査の内容や必要性等によりますが、通常は厳し過ぎて認められない可能性が高いです。
就業規則に規定がない場合
職場で金品の紛失が発覚したときに、@ABの要件は、その都度、検討してクリアできるかもしれません。しかし、就業規則に所持品検査の規定がない場合は、即座に追加することは困難です。要件を満たしていませんので、会社は業務命令として所持品検査を実施することができません。
その場合は、従業員から個別に同意を得る必要があり、同意した従業員に対してのみ、所持品検査を実施できます。同意するかどうかは従業員の自由ですので、検査を拒否したことを理由にして、会社は懲戒処分を行うことはできません。
不正を働いた従業員は検査を拒否しますので、期待するような結果は得られないでしょう。検査に応じた従業員が嫌な気持ちになるだけですので、就業規則に規定を追加、周知してから実施した方が良いです。なお、見過ごせない程度の金額が横領されたり、損害が生じたときは、警察署に被害届を提出することも考えられます。
不適正な所持品検査
従業員が所持品検査を拒否したときに、全ての要件を満たしているとしても、本人から鞄を奪い取って検査するようなことは認められません。犯人扱いをしたものとして、損害賠償や慰謝料を請求される恐れがあります。強引に行わないで、所持品検査を拒否したという事実を記録するべきです。また、次のような行為も認められません。
- 本人がいない場所で、勝手に私物の鞄を開ける
- 本人から承諾を得ないまま、外側からポケット等を触る
- 下着姿にさせる
従業員の通勤用の自家用車の車内の検査について、不自然に駐車場に行き来していたなど、客観的に不正が疑われるような理由がなければ認められないとした裁判例があります。
所持品検査の注意点
所持品検査を実施する場合は、所持品検査が必要な理由を丁寧に従業員に説明する必要があります。業務命令として実施できる場合であっても、納得が得られないまま実施すると、無関係の従業員に不信感を持たれてしまいます。
また、検査の方法については、屈辱感や侮辱感を持たれないように注意をする必要があります。例えば、鞄を検査する際は、持ち主の手で鞄の中の物を机の上に出してもらったり、検査員の目の前で鞄の口を開けてもらったりして、検査員は私物には触らない方が良いです。
プライバシーに配慮することも重要で、他の従業員の目が届かない場所で個別に実施すること、女性従業員に対する検査は女性の検査員が行って男性は同席しないことが望ましいです。
備品の持ち出し
職場の備品は日常的に持ち出すことが可能ですが、日常的に所持品検査を行うことは現実的ではありません。所持品検査が効果的で唯一の方法とは言いにくいです。そのような疑いがある場合は、備品の管理台帳を作成して、在庫数や貸与者、貸与日等を記録して、定期的にチェックすることを従業員に周知すれば、不正の早期発見や予防に繋がると思います。
また、会社の備品や金品の持ち出しは違反行為であること、必要なときは所持品検査を実施すること、違反をした者は就業規則に基づいて懲戒処分を行うこと、を改めて周知することも有効です。
(2024/10作成)