つながらない権利

労働環境の変化

スマートフォン、タブレット、パソコン等の情報通信機器が普及して、会社に出勤しなくても在宅で仕事ができるようになりました。また、在宅勤務(テレワーク)をしていなくても、上司や同僚、取引先と業務連絡をする手段として、メールやLINE等のチャットが多用されるようになりました。

メールやチャットは、電話と違って相手の状況を気にすることなく連絡できますので、勤務時間外(休日や休暇日を含みます)に送信するケースが増えています。労働環境が変化して、会社と従業員が常につながる状態になりました。

従業員の負担

情報通信機器の普及によって、業務の効率化や迅速な対応が可能になりましたが、従業員には過去になかったストレスや負担が生じています。例えば、旅行を楽しんでいる最中に、上司から「○○の件はどうなった?」「○○の資料はどこにある?」と仕事の連絡が来ると、現実に引き戻されて興覚めしてしまいます。

プライベートの時間まで仕事に追われるようでは、十分な休息ができません。疲労が蓄積して精神疾患を発症する危険性があります。また、勤務時間外に過大な要求をしていると、「パワーハラスメントではないか」と指摘される恐れがあります。負担が過重になると、問題が表面化して、会社の責任が問われます。

働き方改革2022withコロナ

NTTデータ経営研究所が行った調査「働き方改革2022withコロナ」によると、勤務時間外に緊急性のない電話やメール(LINE等を含む)があった場合の対応について、次のような結果が出ています。

  1. 連絡があれば対応したいと思う・・・15.9%
  2. できれば対応したくないが、対応するのはやむを得ないと思う・・・42.8%
  3. 対応したくないし、連絡があっても対応しないと思う・・・17.0%
  4. そもそも連絡を受信しないようにすると思う・・・9.7%
  5. わからない・・・14.6%

また、対応する理由(複数回答)として、「気になることは早く終わらせたいから」(61.4%)、「自分のところで業務が滞るのが嫌いだから」(47.1%)、が挙げられています。

つながらない権利

2.3.4.を合計すると、対応したくない人が約7割です。現在はプライベートを尊重する風潮がありますので、「勤務時間外の対応は求めるべきではない」と考える企業や従業員が増えています。

更に、「そもそも勤務時間外に連絡するべきではない」という考えから、「つながらない権利」が注目されるようになりました。「つながらない権利」とは、勤務時間外に、仕事の電話やメール、チャット等の連絡を遮断する(対応を拒否する)権利のことを言います。

つながらない権利を認めるメリット

勤務時間外につながらないようになると、従業員は十分な休息を取ってリフレッシュできます。プライベートを尊重する企業として、従業員の満足度が高まります。また、つながらない権利の考え方が世間に広まると、認めている企業は採用活動を有利に進められるようになります。

また、勤務時間外に担当者に連絡しなくても処理できるように、マニュアルを整備したり、情報や業務を共有したりすれば、業務の効率化や生産性の向上が期待できます。

そして、業務命令として(黙示的な指示も含みます)、勤務時間外にメール等の確認や対応を義務付けている場合は、それに要する時間は労働時間(残業時間)と判断されます。短時間としても適正に残業手当を支払っていなければ、賃金の未払いとして労働基準法違反になります。勤務時間外の連絡を禁止すると、そのリスクがなくなります。

つながらない権利を認めるデメリット

勤務時間外に対応が必要な事態が発生すると、業務が停滞しますので、顧客に対するサービスレベルの低下が懸念されます。つながらない権利を認めるとしても、一切の連絡を禁止するのではなく、緊急性の高いトラブル等については、例外として連絡を認めるケースもあります。

また、シフト勤務やフレックスタイム制を導入している場合は、連絡できる時間帯が重複して勤務している時間帯に制限されます。何も手段を講じなければ、業務の効率や生産性が低下する恐れがあります。

法律の整備

「つながらない権利」を認めたのはフランスが先駆けで、2016年に法制化されました。現在は、ヨーロッパ全体で導入が検討されています。

日本では「つながらない権利」を法制化する動きはありません。しかし、テレワークの導入と実施に関するガイドラインにおいて、「勤務時間外のメール等に対応しなかったことを理由として、不利益な人事評価を行うことは適切ではない」と明示されています。

要するに、勤務時間外はメール等の対応をする義務はないということですが、ガイドラインは厚生労働省が方針として示したものですので、法律のような強制力はありません。

認める場合の検討事項

ジョンソン・エンド・ジョンソン等、「つながらない権利」を認める企業が現れていますが、認める場合は次のような事項を検討することになります。

就業規則の規定例

日本労働組合総連合会は「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」を作成して、つながらない権利を定めた就業規則の規定例を公開しています。

  1. 会社は勤務時間外の従業員に対し、緊急性が高い場合を除き、電話、メール、その他の方法で連絡等を行わない。
  2. 従業員は、勤務時間外の別の従業員に対し、電話、メール、その他の方法で連絡をしてはならない。ただし、緊急性の高いものはこの限りではない。
  3. 勤務時間外の従業員は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡について、応対する必要はない。
  4. 会社は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡に応対しなかった従業員に対して、人事評価等において不利益な取扱いをしない。

(2025/6作成)