賃金の全額支払の原則【群馬県教職員事件】

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群馬県教職員事件 事件の概要

昭和30年代の話です。

教職員が勤務評定反対闘争に参加するために、10月から12月までの間の一定の時間、欠勤をしたのですが、これに対応する10月分と12月分の給与は減額、控除されませんでした。

その後、翌年の3月分の給与から、欠勤に対する過払い分が減額、控除されました。

この処理に対して教職員が、そのような控除は労働基準法第24条第1項に違反し無効であると主張して、控除した給与の支払を求めて提訴しました。

群馬県教職員事件 判決の概要

賃金の支払に関する労働基準法第24条第1項の規定は、賃金の全額が確実に従業員の手に渡ることを保障しようとするものである。その内容の1つである「賃金の全額払いの原則」の趣旨を考慮すると、従業員に対する反対債権がある場合に、使用者が自由に相殺をして、賃金の一部又は全部を控除することは許されない。

しかし、実際の賃金の支払においては、計算が困難な場合など、過払いが生じるケースは避けがたい。その場合に、過払いの金額をその後に支払うべき賃金と清算することは、形式的には相殺と同じであるが、これは適正な賃金額を支払うための調整であり、結果的に、本来支払われるべき賃金を正当に支払ったことになるのであって、賃金と全く関係のない債権による相殺と同一視すべきではない。

もっとも、労働基準法第24条第1項の趣旨を考慮すると、過払いを原因とする相殺であっても無制限に認められるものではない。このような相殺は、過払いのあった時期と合理的に接着した時期に行われており、しかも、その金額や方法が従業員の経済生活の安定を脅かす恐れのない場合に限って許される。

そして、このような相殺を許容すべきか否かの判断にあたっては、労働基準法第24条第1項の趣旨を害することのないよう慎重な配慮と厳格な態度をもって臨むべきものであり、みだりに許容範囲を拡張することはできない。

本件の減額措置が遅れたのは、過払いの原因となった無断欠勤が勤務評定反対闘争という異常事態の下で行われ、欠勤した者が広範囲で多数に及んだため、減額について明らかにすべき事項の調査が困難であったことにもよる。しかし、その主たる原因は、その事務を担当していた者が、減額するか否か、その法律上の可否、根拠等の調査研究等に相当の日時を費やし、他の所管事務の処理に忙殺されていたことが認められる。

以上により、本件控除は、例外的に許容される場合に該当するものとは認められない。

解説−賃金の全額支払の原則

通常、欠勤をしたときは、その日数や時間に応じた賃金を減額、控除するのですが、計算を間違ったり、何か事情があって手間取ったりしたために、とりあえず、該当月分は賃金を減額しないで全額を支払っておいて、後の月の賃金で調整(相殺)をすることがあると思います。

そのような処理が、「賃金の全額払いの原則」を定めた労働基準法第24条第1項に違反するかどうか争われた裁判例です。

過払い分を後の賃金で調整(相殺)することは、原則的には認められないけれども、次の2つの条件を満たしている場合に限って例外的に認められることを示しました。

  1. 相殺が、過払いのあった時期と合理的に接着した時期に行われている。
  2. 相殺の金額や方法等が、従業員の経済生活の安定を脅かす恐れがない。

この事件では、合理的な理由がなく5ヶ月後に相殺が行われていて、相殺の金額が最高で1ヶ月の賃金の約27%に及んでいたことから、無効と判断されました。

会社が賃金の過払い(控除のし忘れ)に気付いたとき、事情があって一旦賃金の全額を支払ったときは、できるだけ早く控除をして、控除額が高額になる場合は複数回に分割するといった配慮が必要です。